短編小説

□ほんとうの魔王
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 そしてもちろん、魔王の侵略に憤慨して世界を救う為に命を懸ける覚悟で旅立つ本物の馬鹿もいたのです。

 しかし、何年何十年と経とうと誰も魔王を討伐出来ず、いつの間にか世界の半分は魔王の領土となっていました。
 小さく貧しい国の王であった人が百歳を過ぎた頃には多くの人々が彼は本物の魔王だったのかと畏怖を抱き始め、魔王の領土から遠く離れた国々は恐れて勇者となる若者を送り出さなくなり、世界を巡り歩いていた勇者たちも旅の途中もしくは故国へと戻って魔王討伐を諦めるようになりました。


 
* * * * *



 その頃になって、魔王と呼ばれた王様が小さく貧しい国や魔王の領土となった国々でなんと呼ばれていたのか他の国にも伝わりだしたのです。

 賢く慈愛深い小さく貧しい国の王様は他の国で虐げられた病気の者や醜い者にも分け隔てなく接して居られた誠の賢王。

 そんな賢王が治める小さく貧しい国へ、魔物の様な者ばかり寵愛する王など魔王に違いないから成敗してくれると侵略してきたのは豊かな国の王様。
 戦乱の中で王様は二人とも倒れられたけれど、魔王と呼ばれた小さく貧しい国の王様は子供たちや家臣たちに一つのお触れを遺したのです。

『この触れを額面通りに受け取るしかできぬ馬鹿な王しか居なければ、世界は全てお前たちの物になる』

 そう言い残して、魔王と呼ばれた王様は勇者が旅立つ前にこの世を去りました。

 お触れを出せばすぐに数人の血気盛んな若者がやって来るようになりましたが、最初に訪れた者を魔王として次にやってきた若者と争わせて勝った者に次にやって来る者の相手をさせれば永遠に魔王は倒される事なく生き続けます。
 更に若者が一人魔王と争う度、近隣国の一つへ魔王領への編入を促せば大人しく従いました。

 多くの国から勇者となるべく沢山の若者が旅立ったはずですが、互いに足を引っ張りあっているうちに共倒れしたり、腕試しの末に恨みを買い過ぎて魔王討伐処ではなくなってしまっていたり、旅先で出会う娘たちとのあれこれの末に家庭を持ったり刺されたりで旅を終えた若者も大勢いました。
 
 今でも時々、お伽話となった魔王のお触れを子供の頃から信じ込んだ若者が勇者を目指して旅立つ事もありますが、旅の途中で耳にする多くの勇者たちが仕出かした愚かな行為に恥ずかしくなるのかそれとも何かあったのか、大抵はひっそりと旅をやめてしまうのです。

 
【了】
濱田都《蛙女屋携帯書庫》
[http://id54.fm-p.jp/133/ameya385/]
初出:書き下ろし
最終更新:2015/01/20


 


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