短編小説

□よき読書感想文の書き方
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「ともくんと、はるちゃんは、どの本を読んだの?」

 これぇとはるかが立てて見せてくれたのも、智明の前に置かれているのも、大きな金の丸い箔が押してある推奨課題図書というやつだった。
 どちらも薄く、ぱっと見は読みやすいように思える。
 きっと由美子が選んで買ってきたものだろう。
 智明が宿題のある夏休みを初めて迎えてから3年経つ。
 あの夏以来、知り合いのところの子供たちに読書感想文を書かせるのが留美子の役目になっていた。
 智明やはるかのように歓迎してくれる子も多いが、中にはあからさまに嫌ってくれる子もいる。
 それでも、そろそろ子供の扱いにも慣れてきた。

「この本、はるちゃんが選んだの?」

「うぅん。おかーさんが、これにしなさいって」

「ともくんは?」

「そう」

「じゃあ、この本はともくんやはるちゃんの読みたかった本なの?」

「うぅうん」

 答えたのははるかだけだったが、2人して首を横に振っている。
 その仕草が子供の頃の由美子にそっくりだ。
 由美子は昔から本は読まない子だった。
 勉強はできたほうだったのに、国語の作文などは苦労していた。
 夏休みの読書感想文は特に。
 本を選ぶことさえ億劫がって、同じ学年の時に留美子と同じ本で書こうとしていた記憶がある。
 ただ、本好きの留美子が選んだ本は由美子には荷が重く、結局8月の終わりに一番薄い課題図書を読んでいた。
 それでも、姉の書いた物を写したりしなかった由美子の真面目さを、留美子は今でも愛しく思っている。

「どうしてこの本を読むことになったのか、書いておこうか」

 他に読みたかった本があったなら、どうしてその本を読まなかったのかもね。
 留美子のアドバイスに従って、2人は自由帳に子供らしい字を書き付けていく。
 覗き込めば、去年見た2人の字より、ずっと読みやすくなっていた。
 智明の宿題に付き合っていたら、まだ幼稚園児だったはるかも自分で絵本と自由帳をだしてきたことを思い出す。
 おませな真似したがりな女の子は、人見知りな男の子よりも成長が早いのかもしれない。

「この本は読んだ?」

「よんだよー」

「うん」

 夏だけのボランティアみたいな訪問には、1つだけルールがある。
 留美子がやってくるまでに、1度でいいから感想文を書く本を読んでおくこと。
 
 そして、約束を守った子供たちは誉めるのが留美子の主義だった。

「面白かった?」

 答えにくいだろうと分かっていて尋ねれば、少しの間をおいてはるかだけ頷く。

「あんまりぃ」

「ともくんは面白かったの?」

「思ったよりは」

 智明の言葉は、本を選んで買い与えてくれた母親への気使いだろうか。
 一方、はるかは女の子らしい辛辣さを隠そうともしない。

「とも兄の本、はるはきらーい」

 2人それぞれの考え方が、留美子はとても好きだった。
 そして、キッチンへ視線を向けて由美子が2人の言葉に気づいていないことを確認したあとで、智明とはるかの頭を撫でる。
 好き嫌いは問題ではない。
 自分で読んだことが大切なのだ。

「はるちゃんはともくんの本まで読んだの?」

「うんっ」

 得意げなはるかの頭をもう一度撫で、留美子は2人の言い分を聞いては書き留めさせる。
 どこが面白かったのか、面白くなかったのか。
 どういうお話だったら良かったと思うのか。
 本当はどんな本が読みたかったのか。
 次はどんな本を読もうと思うのか。
 答えられないことはそのままにしておき、答えられることには次の質問をしてやる。
 
 
up date:2008/12/03
write by Hamada.M.《蛙女屋携帯書庫》
(http://id54.fm-p.jp/133/ameya385/)

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