短編小説
□愛のくらし
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愛のくらし
〜 Golden Rule 〜
ソーコが紅茶の淹れ方を聞いてる。
毎週毎週同じことを訊ねるものだから、私だって朗の好みを覚えてしまった。
なのに飽きもせず、律儀な答えが返る。
「薄めで、砂糖とミルクをたっぷり」
クリームがあると嬉しいんだけど。
まるで子供の味覚だ。
猫舌で甘党で下戸の男なんて最悪。
それじゃあ紅茶の味なんて分からないじゃない。
「クリームならあるわよ。食後のケーキに添えようと思って用意したの」
「本当。嬉しいなソウコちゃん」
ソウコちゃん。
朗はソーコをそんな風に呼ぶ。
ソーコはアキラさんと返す。
だらしない恋人たちを尻目に、私は空のティーカップにウイスキーを注いだ。
鮮やかな琥珀色は本当の紅茶みたい。
でもソーコと朗は呆れた目で私を見てる。
朗とソーコ──和久井朗と万木(ユルギ)爽子は婚約者同士。
私──牛尾裕美とソーコは5年来のルームメイト。
つまり、ごく普通に考えれば、お邪魔虫は私。
でも本当は朗こそが邪魔者なのだ。
「裕美ちゃん、スネないで」
「飲みたいもの飲んでるだけ」
「じゃあ、せめてティーカップはよして」
ソーコが氷を入れたグラスを差し出すので、仕方なく中身を移す。
断っておくが、このウイスキーはソーコのだ。
私が好きで、ソーコも気に入っているサントリーの膳。
私たちは朗と違って人生の楽しみというものを知っている。
しかしソーコは婚約者の前では舐める程度。
下戸の男に付き合っているのか、ぶっているのか知らないけれど、そういうソーコは嫌いだ。
朗はただ笑って私たちのやりとりを見てる。
私のことはソーコの5年来の親友で、新鋭の雑貨クリエイター。
ルームメイトの婚約者が訪ねても席を外しもしない野暮な女友達。
ぐらいに思っているんだろう。
毎週末、朗は私とソーコの部屋にお茶を飲みに来る。
けれど彼の婚約者は絶対に将来の旦那を泊めたりしない。
日付の変わる頃に1人寂しくこの部屋を出て行く日々を、朗はもう数ヶ月繰り返してる。
今夜もそう。
ソーコの入れたお茶を飲んで、私の作った夕食を食べて、飲めないワインをほんの少し飲まされたせいで赤い顔と千鳥足で帰っていった。
安全パイ。
つまらない男。
下戸で甲斐性無しだなんて最低だ。
初めて紹介された時から私は朗を羊のような男だと馬鹿にした。
もちろん、ソーコの前でだけ。
するとソーコは違うと言う。
男らしい人よ、とたしなめる。
確かにそうだ。
学生時代にはラグビーをやっていたという筋肉まみれの肉体と、吐き気がするほど律儀な体育会系の精神。
朗は心身ともにマッチョな男だ。
私はそこに女々しさを感じてしまうけれど、馬鹿なソーコは気づいていない。
朗はもっと馬鹿だ。
男が去ると、彼の愛しい婚約者様はあっさりと言ってのけるのだ。
アキラさんって良い人でしょ。
「でも私は裕美ちゃんを愛してるわ」
まったくもってマヌケな話だ。
朗と婚約するよりも前から、私とソーコはただならぬ関係にある。
つまり私も馬鹿。
婚約者までいる女と別れられないんだから。
up date:2009/01/06
write by Hamada.M.《蛙女屋携帯書庫》
(http://id54.fm-p.jp/133/ameya385/)