短編小説
□愛のくらし
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愛のくらし3
〜 The Trinity 〜
勢いよく流れる水音。
乱暴に開閉されるドア。
ちょっと早めなのに、一歩一歩踏みしめる大きな足音。
裕美ちゃんはトイレから台所へ移動してる。
冷蔵庫を開けて、きっとペプシを出して、また部屋にこもるのね。
怒ってる怒ってる。
なんて分かりやすい裕美ちゃん。
その後ろをついて回ったあげく、ばったりと閉められたドアと拒絶に途方に暮れてる朗さんの顔まで思い浮かぶ。
かわいそうにね。
朗さんは人が良すぎるのよ。
あと裕美ちゃんに気を使いすぎね。
怒らせたのは私だもの。
気にかける必要ないのに。
でも、そこがいい所よね。
だけど今はかなり深刻な状況。
もしも間違えたら、私たちは終わる。
終わってしまう。
私、──万木爽子と、私のガールフレンドの牛尾裕美、そして私の婚約者の和久井朗。
3人での共同生活を始めてから半年が過ぎてしまった。
その間、3人の育ってきた環境とか、好みとか見解とか、とにかくそういった色んなもののギャップを埋めることに時間を使った。
とはいっても、裕美ちゃんと私はすでに5年の同棲を経ているので、この作業は主に朗さんと私たちの間で行われた。
まあ、どちらかと言えば朗さんが私たちに合わせてくれたというか、合わせさせられたようなものかしら。
それで、半年。
そろそろ頃合だと、私は思った。
けど、この関係をもう一歩進めるのに、見事に失敗しちゃったわ。
隣の部屋からは裕美ちゃんがヘコんでる時にしか聞かない、イギリスのなんとかというハードでメタルなバンドの曲が結構なボリュームでこぼれてきてる。
グループやアルバムの名前は全然覚えていないけれど、悪くないなあ。
落ち込んでてこのビートってのが、裕美ちゃんらしいし。
薄暗い部屋の真中、ベッドに寄りかかって膝を抱いてると、自分こそが落ち込んでいるような錯覚がしてくる。
視線を爪先に落として、剥げかかったマニキュアをはじく。
ぼろりと剥離するマニキュア。
右足の親指から始めて、人差し指、中指、薬指、小指。どんどん、剥いでいく。
爪先で立って踊るコトを覚えたのは4才の頃。
それから18才まで毎週踊っていたから、足の指も爪も変形してる。
痩せて筋張った足には色気もなにもあったもんじゃない。
それなのに、裕美ちゃんは好きだって言った。
付き合い始めの頃、どこかのデパートか駅で上りエスカレーターに乗った時。
高いピンヒールのサンダルで不安定に立ってる私の足を少し後ろ──下のほうから眺めてて、すりよるように近寄って耳元でささやいてきた。
「ソーコの細くってふらふらしてる足首って、やらしくって好きよ」
陳腐で、セクハラ親父かエロガキみたいな台詞が妙に嬉しかった。
自分の好きな女が、自分の身体に欲情して、それを隠しもせずに往来でささやいてくるのがたまらなかった。
あれ以来、結構無理してヒールの高いのばっか履いてるし、階段やエスカレーターを上がる時は決まって裕美ちゃんより2段前を行くようにしてる。
そんな私を、いつもは見下ろしてる裕美ちゃんが見上げて呆れた風に、でも愛しそうに微笑んでくれるのが好き。
思い出を反芻していたら、右足の爪がそろってみっともないことになった。
次は左足の親指。
up date:2009/01/06
write by Hamada.M.《蛙女屋携帯書庫》
(http://id54.fm-p.jp/133/ameya385/)