短編小説
□あんたのバラード
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あんたのバラード
振られてしまった。
それも12月1日に。
珍しく彼が映画に誘ってくれ、有楽町の映画館で。
話題作をこれから観ようって時に。
「今日で最後にしよう」
予告編やCMが終わり、映画会社のロゴが浮かび上がったとたん、切り出された。
映画は感動的なラブロマンスらしかったが、内容は覚えていない。
彼が途中途中で別れの理由だとか、それでも誰も悪いわけじゃないこととかをつぶやくものだから、映画どころじゃなかった。
映画のいいところとか、終わってからも、女の子のすすり泣きが聞こえる。
けど、今一番泣きたいのは、あたしじゃないだろうか。
「送るよ」
彼と映画館を出て、地下鉄の改札までは2人で歩いたらしい。
でも気づいたら、いつのまにか1人になっていた。
来た電車に乗り、空いていた席に座る。
そこでようやく完璧に振られたのだと実感した。
悲しいことに、彼と別れたことより、今年のクリスマスプレゼントが1つ減ったショックのほうが大きい。
まあ、その程度の男だった。
それにしても、ばかばかしい振られ方をしてしまった。
古い歌謡曲のオンパレード。
有楽町で会って、2人でお茶を飲んで、映画を観て、今日でお別れ。
2人は別々の電車に乗って、離れていくなんて、格好悪い。
ふと、こんな気分にぴったりな歌を口ずさんでいた。
だけど歌詞はぜんぜんあたしに当てはまらない。
尽くすタイプじゃないし、束縛はするのもされるのも苦手だった。
プレゼントを貰うのは好きだけど、することは少ない。
どっちかっていうと、彼のほうこそそういう気持ちだったのかも。
そう考えると、今日の仕打ちも納得してしまいそうになる。
どうしようもなくコチコチの別れは、精一杯の報復だったんだろう。
恋の相手としてはイマイチだったけど、振るのは、ウマイ。
それに、いい人だった。
いろいろ思い出してきて、大声で歌いたくなってきた。
次の大きな駅で降り、24時間営業のカラオケBOXに朝までドリンク飲み放題で飛び込んだ。
全部彼におごらせるつもりだったから財布の中身は寂しいけど、足りなくてもそれはそれでいい。
そういう気分だし、ここはカードも使える。
メニューから手当たり次第にオーダーをいれた。
エビピラフにからあげにシーザーサラダ、フライドポテトにハニートーストのアイスクリームのせ、それからウーロン茶もピッチャーで。
それから歌本を開いて、『あんたのバラード』を予約いっぱいまで入れる。
音量もエコーもめいっぱいにして、とにかく大声で歌いたかった。
1曲目が始まる。
立ち上がって歌った。
2曲目は上着も脱いで、ロック歌手みたいにがなる。
オーダーした料理を運んできた男の子がそそくさと出て行くのを横目に、ウーロン茶を一気して3曲目。
4曲目と5曲目をBGMにピラフとからあげとサラダを食べた。
ポテトをつまみながら、6曲目を歌う。
7曲目が終わった頃、トーストからとけたアイスクリームがあふれてた。
くたくたのトーストを解体しながら8曲目は鼻歌で歌った。
予約はこれで最後。
もう声ががらがら。
ウーロン茶ももうない。
ついでだからビールとピザとえびせんを追加する。
それからもう一度、『あんたのバラード』を歌った。
いい気持ち。
つぎは『難破船』でも歌おう。
それで泣けたら──泣けなくっても、この恋はこれでおしまい。
【Original Title】
『あんたのバラード』
世良公則&ツイスト
【了】
濱田都《蛙女屋携帯書庫》
[http://id54.fm-p.jp/133/ameya385/]
初出:2003年12月8日(書下ろし)
最終更新:2009/01/06