短編小説
□summer ephemeral
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summer
ephemeral
夜明け前に目が覚めて、なんとなく家を出た。
見上げる空は薄明るいのに、まだ夜の闇が残っているのか影ばかりが見える。
夕べ降っていた雨は上がったばかりらしい。
アスファルトは黒く濡れていて道の両端は側溝に落ちきらない水が淀んでいる。
両手を思い切り天へ差し上げ、片足で爪先立つ。
全身で背伸びをしながらの深呼吸は気持ちがいい。
それに、明け方の冷たい空気は、はっきりとした水の匂いがした。
思い切るように両膝を叩いて、歩き出す。
見渡す通りに人はいないけれど、どこからか新聞配達をしているバイクの音が聞こえる。
道端の草花や木々は雨に促され、太陽を待ちわびながら静かにざわめきだしている。
この時間でも車が行き違う大きな通りを2つ渡って、知り合いのいない住宅街へ向かう。
うねりながら交差する道と、複雑な形の家々の隙間にある公園は子供の頃から──ここが造成される前からの、ヒミツの遊び場だ。
整備された遊具類の並んだ公園の一角──たぶん、4分の1くらいの区画だけは、元からの雑木林がそのまま残っている。
見上げると、まるで森に迷い込んだように木々の枝で空が隠れてしまう。
横手を見ればただの公園でしかないのに。
風が吹くと、木ノ葉が含んでいた滴が降ってくる。
小さな森の残り雨に打たれながら、じっと待つ。
空がすっかり明るくなり、夜の闇がそこここからいなくなるのを。
世界が音と色を取り戻してゆく様を眺めて。
やがて、セミのしゃわしゃわいう声が聞こえてくれば帰る時間だ。
はかない夏の朝は終わり。
【了】
濱田都《蛙女屋携帯書庫》
[http://id54.fm-p.jp/133/ameya385/]
初出:2006年5月イベント配布
Redundant Words vol.7
最終更新:2009/07/03