第1部
□はじまりの約束
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夢を見た
それは遠い忘却の彼方へ消えてしまった筈の想い出のカケラ
大切な、大切なはじまりの約束―…
*‥*‥*‥*
―太陽が西へと沈む黄昏時
国を出てしばらく歩いた所にある丘にキノとサヤはいた
キノがその丘を見付けたのは旅を始めてからすぐの事だった
国の周りに広がる森を抜けた先にある小高い丘は森と国を見下ろす事ができ
そこから遥か遠くの景色を眺める事ができた
紅い夕日に染まった世界も十分美しいが
朝日に照らされ、輝く緑の森もまた美しく、心奪われる風景だ
いつか可愛い妹にも見せてやりたいと思っていたのだ
本来ならサヤはまだ小さすぎて法律上、国の外に出れないのだが、門番に無理を言って出国させてもらったのだ
「わあ!すごーい!!」
サヤはキノの背中から降りると走り出した
「サヤ、あんまり遠くに行くと危ないからこっちにおいで」
「はーい」
キノがやんわり注意するとサヤは素直に戻ってきた
「あーあ、エルメスもいっしょならよかったのに…」
つまらなさそうにサヤは口を尖らせた
モトラドの相棒のエルメスは調子が悪いので父親に修理を頼んで預けている
その為、一緒には来れなかった
不具合の箇所自体はたいしたことないのだが、足りなかった部品の取り寄せやら点検も含め、作業が終わるのに三日ほどかかるらしく
治るのを待って行こうか、とキノは予定を延ばそうとしたがエルメスに
『いいから行っておいでよ。今日は特別な日なんだからさ』
と言われ二人で来る事になったのだ
(特別な日…)
キノはコートのポケットに手を入れた
今日、サヤをこの場所に連れて来るのは前から決めていた
そう、今日という日に意味があるのだ
「しょうがないよ。具合が悪いんだから。きちんと治ったらまた皆で来よう」
「うん…」
「大丈夫。父さんならすぐあいつを元気にしてくれるよ」
「…そうだね!」
キノの言葉にサヤは頷いた
「ここは兄さんのとっておきのお気に入りの場所なんだ」
「サヤもここ好き!すっごくきれいだもん」
「それは良かった」
「でも、このきれいなながめってどこまで続いてるのかな…」
「ずっと、どこまでも、だよ」
「じゃあ、あの先もずっと、ずーっと?」
「ああ。まだまだ僕だって知らない場所はたくさんあるさ。…旅人はまだ自分の知らないもの、見た事のないものに憧れ、知りたい、見たいと思うから旅に出たくなるのかもね」
「世界ってすっごく広いんだね…」
サヤはキノの話に耳を傾けながら遠くを見ていた
「そうさ世界はどこまでも広がっているのさ。そして、旅をしていると色んな場所で様々な人達に出会う機会が多い。人々との交流、その土地の文化。新しい国に訪れる度にたくさんの事を知る事が出来るんだ。そして、それらを知るという事は国や自分自身の成長にも繋がるんだ」
「……??」
「はは、サヤにはまだちょっと難しかったかな」
キノは苦笑いをすると、サヤの頭にぽん、と大きな手を置いた
「そうだ。歌の練習はどうかな?ちゃんとやっているかい?」
「うんっ。あのね、この間お母さんに新しい歌教えてもらったよ」
そう言ってサヤは謳い出した
同じ年頃の子達と比べるとまだ謳い方も拙く、息継ぎが上手くいかなくて途切れてしまったしているが
彼女の純粋でまっすぐな気持ちが伝わってくる美しい歌だった
キノは目を閉じて静かに耳を傾けていた
「うん、いい歌だね」
「えへへ、ありがとう!…あのね、お兄ちゃん、サヤ、歌手になりたい!旅をしていろんな国に行って、たくさんの人にサヤの歌を聞いてもらうの。お兄ちゃんだけじゃなくてみんなを笑顔にする歌をうたいたい!…できるかな?」
「できるさ」
キノは大きな手でサヤの小さな頭をくしゃり、と撫でた
「誰かを幸せにしたい。喜ぶ顔をみたい。その気持ちを忘れずに謳い続けていれば大丈夫」
キノの言葉にサヤは力強く頷いた