第1部

□エピローグ・蒼い空の下で
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目を閉じて耳を澄ませばゆったりとした旋律が身体全体へ染み渡るように響く

彼女はこういった静かで優しい歌を好んで謳う
キノも心を穏やかにしてくれる旋律が特別に気に入っていた

高らかに伸びた歌声は空へ溶け、一瞬の静けさが訪れる

キノは小さく拍手し、良かったよ、と感想を述べる
対してサヤは照れたようにはにかみ、軽くお辞儀をした



エルメスの傍らに二人並んで座り、空をぼんやりと眺める
時折吹く爽やかな風が心地良かった


「サヤ、最近また歌が上手くなったんじゃないの?」
「えっ…そうかな?」

エルメスの言葉にサヤは頬を染めた

「だったらすごく嬉しいな。昔はね、あんまり歌が上手じゃなかったから」

えー!?嘘でしょ?、とエルメスが驚いたように声を上げた

「人を超人みたいに言わないでよ、エルメス。パースエイダーも歌もちゃんと練習したからここまで出来るようになったんだよ」
「君って万能に見えて実はそうじゃないからね」
「え、えへへ…そうだね。そうかも…」

キノの指摘にサヤは軽く苦笑いをした

「別に悪い意味で言ってるんじゃないよ。努力したって事だろう?それってとてもすごい事だとボクは思うんだ」

始めから優れたものを持つ人間はいない
素質や向き、不向き等で差こそあれど、結局は本人のそうなろう、そうなりたい、という強い気持ちがなければ得るものはない

「私…謳うのが好きで…けど、下手で、上手になりたくて毎日家の裏で練習してた。兄さんが帰ってきた時はいつも兄さんが聞いてくれてね、それである日、私に言ったの。大切なのは歌に心を込める事。聞く人を笑顔にしたいって気持ちだって」

サヤは空へ手を翳し、伸ばした
そこへ一羽の白い鳥が翼を風に乗せ、遠くへ羽ばたいていくのが見えた

「…空を飛ぶ鳥を見ると人は旅に出たくなる…兄さんらしい言葉だよね」

キノは目を細めてそうだね、と短く返事をした



「さて…十分休憩はしたし、そろそろ行こうか」
「うん、そうだね。早くしないと日が暮れちゃうもんね」

このままゆっくりしていたいが、そうもいかない
あまりのんびりし過ぎると今夜も野宿する事になってしまう

さすがに何日も野宿をしていると、そろそろふかふかのベッドで眠りたいし、熱いシャワーが恋しい

キノが立ち上がり、サヤへ手を差し伸べる
サヤは手を伸ばしかけてキノの手を取る前で止めた
キノは不思議に思い、尋ねた

「どうしたんだい?」

サヤはううん、と首を振る

「私が迷ったり悩んだりしている時、いつだってキノは私に手を差し延べてくれたなって思っただけ。初めて会った時、キノが一緒に行こうって手を差し伸べてくれなかったらきっと今の私はいなかったかもしれないって」

あの時、あの場所で出会わなければ
もしかしたら違う出会い方だってあったかもしれない

けれど、あの場所は特別な場所
あそこで交わした言葉と想いがあったからこそ、この未来へと繋がった

過去と向き合い
過去を受け止め
過去を乗り越えた

そして、偽りでない本当の絆を結んだ

二人、隣り合って笑顔を交わす未来へ辿り着けたのだ

「…君はもう独りじゃない。ボクが、エルメスが傍にいる。独りで泣いて、苦しまなくていいんだ。これからもどんな時でも何度でもボクは変わらず君に手を差し延べるよ」

サヤの手をキノは引いてゆっくり立ち上がらせた

「ボクが、君が生きている限り、ね」



―風が吹く

背中を押す、強い追い風
旅人達の新たな旅立ちを祝福する風が


どこまでも行こう
どこまでも道は続いてるから

遠い空の向こう
雲の流れる遥か彼方
風が吹く方へ


さあ、旅に出よう



エピローグ・蒼い空の下で―END





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