第1部

□キミの笑顔の裏側、ボクの内で変わりゆくもの
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「な、なんだよ…急に大声出さないでよ」
「急じゃないもん。さっきからずーっと呼んでるのに、キノってば難しい顔して考え込んでるし」
「ごめんごめん。で、どうしたんだい?」
「キノもこっちにおいでよ!とっても気持ちいいよ」

サヤは両手でキノを引っ張って後ろ歩きで泉へと誘う

「わっ。サヤ、足元見てないと危ないって」
「へーき、へーき…きゃっ!」
「うわっ!」

案の定、サヤは足を滑らせた
このままでは、とキノは空いていた方の手でサヤの肩を抱きこちらへ引き寄せようとするが
結局サヤの引く力の方が勝ってしまい、二人して盛大な水しぶきの洗礼を受ける羽目になってしまった

服から髪まで全身びしょ濡れだ
前髪から雫がぽたぽたと落ちて水面に波紋を作っていく

「ったた…。だから言っただろ」
「あ…えへへ、ごめんね?」

サヤはいたずらっぽく笑って言った

「でも、見て。波紋が広がって綺麗…」

そして笑みを深くするサヤはどこまでも穏やかで―



本当は苦しい筈なのにそんなに笑っていられるんだ?
どうして―


気づいたらキノはサヤを抱き締めていた
強く、強く―

「キ、キノ…!?苦しいよ、ねえ、キノってば」

サヤはじたばた暴れるが許さないとばかりに強めてくるので最後は諦めて抵抗を止めた

「ねえ、キノ…どうしたの…?何か、あった…?」
「…………」
「キノ…」



―どうしていつもボクは何も出来ないのだろう

ただ、見ているだけしか出来ないのだろう

必死に学んで、修行して
やっと強くなったと思っていたのに

なのに、目の前で辛い想いをしている女の子ひとり助けてやる事も出来ない

結局、ボクは『あの頃』から何も変わってないのだ



*‥*‥*‥*
ずぶ濡れになってしまったキノ達は新しい肌着と服に着替えた

『ところでさアレ、渡した方がいいんじゃない?』
「えっ!?でも、べ、別に今じゃなくても国に着いてからゆっくり…」
『とか言っていまだに渡せてないのはどこの誰だっけ?早くしないと完璧に萎れちゃうよ』
「むう―…」

サヤは渋々、といった感じに荷物を漁った

何が何だかさっぱりなキノは疑問付を浮かべるばかりだった

「こ、これ…キノにあげるっ!」

と、少し乾きつつある紅い花をずいっとキノの前に差し出した

「この花は花祭りの…もしかして…」

キノは顔に熱が集まるのを感じた


花弁だけではなく、葉も茎も真っ赤に染まった花

それは、日頃お世話になっている人に感謝の意を
想い人には縁結びを

そんな意味が込められた特別な花


「うん…この間ね、渡しそびれちゃったから。キノにはいつもお世話になってるから、だからっ、ありがとうって言いたかったんだけど…」

キノはああ、そっちか…と、妙に残念な気持ちになった

(って、どうして残念に思わなきゃならないんだ?それ以前に縁結びだったらおかしいじゃないか。サヤはあくまでも純粋な感謝の、友達としての気持ちで花をくれるっていうのに。そもそも何なんだこのもやもやした気持ちは)

が、いつまでも答えに辿り着けず、キノは思考の中でぐるぐると無限ループを繰り返していた

「キノ?」

いつまでも受け取らないのが不安なのか、ちょっと泣きそうな瞳でこちらをじっと見つめていた

いけない、危うく思考に埋もれてサヤをそっちのけにしてしまうところだった

彼女を悲しませたくないと思っていたばかりなのに余計な事で泣かせては本末転倒だ

「ありがとう、サヤ」

キノは平然を繕ってサヤから花を受け取った



*‥*‥*‥*
しばらくするとサヤは木の根元に背を預けて眠ってしまった

キノはサヤの寝顔をじっと見る


綺麗、というよりは可愛い顔立ち

笑顔はお日様のように明るくて、あったかくて
彼女が笑っているとこちらまで幸せな気持ちになる

一方で泣いているとまるで自分の事のように悲しくなって
悩んでいると胸が痛む


何故だか彼女から目が離せないのだ

「キノ…」

名前を呼ばれてキノはドキッとした

しかし、寝言だったようだよで
軽く身じろぎすると再び小さな寝息をたて始めた

「何だ、寝言か…」

はーっ、とキノは息をついた


目が離せないだけではなく、彼女の行動ひとつに敏感に反応してしまう

他人は所詮他人なのだし
気持ちを共有する事や想う事なんていうのは無理だし、正直面倒だったというのに

以前の自分だったら考えられない事だ


『キノ、変わったよね』

今度は違う意味でドキッとした

「エ、エルメス。キミ、寝てたんじゃないのか?」
『実は寝てたと見せかけてキノの百面相をじっくり観察してみたり』
「…ボク、そんなに表情変わってた?」
『うん。笑ったり、赤くなったり、しょんぼりしたりキノにしてはひじょーに珍しいね』

そんなつもりはなかったのだが…とキノは少しだけショックを受けた

『キノ、雰囲気がちょっと柔らかくなったよったよね。何か丸くなったような』
「そんな…変わってないよ、ボクは。そう、何ひとつ変わってないんだ」

キノは深い溜め息をつく

そう、何かが変わっていたとしてもサヤの助けになれないのだから意味がない

欲しいのはサヤを守れる強い力なのに

『はあ…もうさ、そこまでサヤが大好きならいい加減くっついちゃえ!』
「はあ?」

エルメスは茶化すように言うとキノは怪訝な顔をした

「あのねえ…エルメス、分かってる?ボクとサヤは女の子同士でサヤに対して恋愛感情なんて抱いてないんだけど

『別にお互い好きなら関係ないんじゃない?僕的には結構お似合いだと思うんだけどなー』

エルメスはさらりと言ってのけた
恋愛感情うんぬんは華麗にスルーして

「だからボクは…、もういい」

キノはこれ以上反論する気も起きず、ただ脱力した

『それはさておき』
「…一体、今度はなんだい?」
『いつか、キノがサヤに言ってたようにいくら忘れても想い出をたくさん作ってあげればきっとサヤは幸せになるし、元気になるんじゃないかな』
「ボク、が?でも、ボクは…そんな資格は…」

キノは複雑そうな顔で何やらぼそぼそと呟いたが、エルメスには聞こえなかった

「キノ、どうしたのさ」
「いや、なんでもない。ふあ…疲れたからちょっと寝る」
『ちょっとキノってば、話の途中なのに!』

キノはぶーたれるエルメスを無視してあと二、三時間したら出発するからとだけ言って目を閉じてしまった

『しょーがないなあ…じゃあ、僕も寝よう』



そして―訪れた静寂の中、ただ風のざわめきだけが木々の葉を揺らていた
小さく、囁くように




キミの笑顔の裏側、ボクの内で変わりゆくもの―END





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