第1部
□紅いはじまり
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太陽が真上から西へ徐々に下りはじめた
そろそろ行かないとな、とキノは立ち上がり、スボンについた土埃と花びらを払った
「あ、もう行くんだね。せっかく会えたのにすぐにお別れなんて名残惜しいような気もするけど、しかた…」
サヤの言葉は上から差し出された手によって遮られた
その意味を汲み取り、首を横に振った
断られた事が不服なのか相手は何故、と詰め寄る
「私はあなたの重荷にはなりたくないの。心も、体も」
「でも、ボクは君と一緒に行きたいんだ」
「もし、兄さんに対する負い目からこうしているのなら止めてほしい。…あなたにとって私はそんな可哀相な人間に見える?」
「違う!!」
放たれた大きな声にサヤは目を丸くする
ほんの少しの苛立ちが含まれており、まさか怒鳴られるとは思っていなかったサヤはどうしたらいいか分からなかった
「そんな事はないよ…」
今度はやんわりと言う
「理由は…単なる一目惚れ。それに君の歌を毎日聴きたいから、かな。さっきの歌を聴いて少し悲しかったけど他の色んな歌を聴いてみたい。他の誰でもないボク自身が望んでるんだ。一緒に行こう、サヤ」
だが、返事はなかった
というよりびっくりしてしまって口が利けない、と表現した方が正しいかもしれない
「サヤ?」
それが分からなかったキノは何度か不思議そうに瞬きする
「あっ、でも…でも、あ、ほら、エルメスは二人乗り出来なさそうだし」
先程とは打って変わってしどろもどろに言い訳を作る
あともう一押しだな
キノは心の中でほくそ笑む
「大丈夫。乗れるようにする」
『嘘でしょ!無理だってば!サヤが乗るスペースなんてどうやって確保すんのさ』
こうするのさ、とエルメスの後輪脇と荷台に積まれた大量な荷物を紅い大地にぶちまける
てきぱきと手際よく荷物を必要なものとそうでないものと分別していく
「これで大丈夫だろ」
幾分か後ろがすっきりした事で満足そうな声でエルメスに言った
『でもさーやっぱり無理だって』
「サヤは小柄だし、ボクにしっかりくっついていれば問題はない」
『しょうがないなぁ。キノは一度言ったら聞かないんだから』
しょうがない、と言った割にはその声はうきうきと弾んでいた
恐らく、旅の仲間が増えて嬉しいのだろう
「いいの?私はきっと私の存在そのものがあなたを傷付け、苦しめてしまうかもしれないのに」
「そうかもしれないね。これから一緒に旅をするんだからお互いの嫌な部分だってたくさん見るかもしれない。喧嘩もするかもしれない」
ならどうして?とサヤは問い掛ける
「ボク達は人間だからさ」
サヤはもう何も言わなかった
「行こう、サヤ」
キノは自分へ向けて伸ばされかけた震える白い手を握り、引っ張った
紅い海の真ん中
そこにはもう誰もいなかった
強く押されるような追い風で花びらが辺り一面に舞う
それはまるで旅人達の新たな旅立ちを祝う祝福の風のように
《紅いはじまり―END》