第1部

□猫の国
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*‥*‥*‥*
美しい景色を見ると感動するし
食べる事は好きだし、美味しい料理だって好きだ

しかし、特別かと聞かれたらそうだとは答えられない
何かが違うのだ


全体的に物事に対して関心が薄い
何かに対する執着心があまり強くないのは自分自身、自覚はしていた

しかし、最初からそうだった訳ではなかった
昔は人並みに好奇心だってあった

いつの頃からかそれも徐々に失い、興味の対象も少なくなっていった
それが『いつ』だったかは今はもう覚えてない


辛くて
悲しくて
苦しくて


そんなものしか与えてくれないのならいらない


それが、ひとりの人間の幸せを、未来を奪った罰ならば


「…っ」

視界がぐらり、と揺れ、思わず立ち止まり、俯いてしまう

(そうだ。余計なものはいらないんだ。でなければ強い意思を保てなくなってしまう)

『キノ!キノってば、大変だよ!!』
「え?」

エルメスの焦った声と共に顔を上げた

「誰も、いない」

キノは呆然とした

傍を歩いていたサヤが忽然と消えてしまい
そのうえ周りにいた街の人々もいなくなっていた

誰もいない街中は息を詰めてしまうくらい静まり返っていた

『キノがちょっと立ち止まっている間にパッと消えちゃったんだよ!』
「おかしいな…今まであれだけ人も猫もいたのに」

いくら誰もいないとはいえ近くの物陰から急に襲い掛かられる可能性がある

キノは警戒心を忘れずにちらっと左右へ視線を巡らせた

空間にチリン、と鈴の音が鳴り響く

身構えてそちらへ向くと足元に蒼い瞳の白猫が一匹、ちょこんと座っており、キノを見上げていた

(こんな至近距離まで来るまで気付かなかったなんて)

鈍ったか、とキノは自らの感覚を疑ったが日々訓練を欠かさず
最近ではサヤとも手合わせだってしている
加えるなら盗賊の類いを先日返り討ちにしたばかりだ

そこまでは…と自負する

「……………」

猫は微動だにせずキノをじっと見つめる
深い、それでいて透明感のある蒼い瞳に見つめられるとまるで心を見透かされているようで嫌な感じがした

「…………」

―やがて猫はみゃあ、とひと鳴きするとキノに背を向けて歩き出す

首元に巻かれている赤いリボンに付いた鈴がまた鳴る

『追い掛けよう、キノ』

エルメスの言葉にキノは頷いて猫の後を追った



*‥*‥*‥*
進んでは立ち止まり…とその繰り返し
明らかにこちらのペースに合わせてくれている

歩を進める度に揺れる鈴の音は道しるべのようで
キノ達はそれに導かれるまま街の奥へ、奥へと入っていく

「こんなに細い路地があったなんて知らなかったな」
門番から借りた国の地図には載っていなかった

ひょっとすると地元の住民だけが知る隠れた抜け道なのかもしれない

複雑に入り組んだ狭い道が迷路のように広がっていた

先の見えない薄暗い道
どうやって進んだらいいか
一体、どこに続いているか分からない

なのにこの猫の後をついていけば大丈夫、という妙な安心感があった

『―キノ』

微かにキノの名を呼ぶサヤの声がしたような気がしたあまりにも小さな声だったので空耳だろう、とキノは流した

途端、のんびり歩いていた猫は走り出した
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