第1部
□猫の国
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そして軽やかな足どりであっという間に脇道へと消えてしまった
「あっ…!」
キノは声を上げ、足を速め、追って脇道に入る
しかし、猫の姿はどこにもなく、そこから先には道が一本真っ直ぐに続くだけだった
『あれれ?確かにこっちに入ったのにー』
エルメスは間の抜けた声を出す
「変だな。抜け道らしい道も見当たらない。それに―」
鈴の音がしない、とキノは訝しんだ
見失ってから時間が経っていないのでまだ遠くには行ってない筈だが
(…って、ボクはどうして猫相手に懸命になったりしてるんだ?見つけなくちゃいけないのはサヤなのに)
キノは空を仰ぎ、ゆったりと流れていく雲を目で追った
(広場に戻ろう。サヤも戻っているかもしれない)
もしかすると暇を持て余して歌でも謳いながら待っていてくれているかもしれない
キノはエルメスの進行方向を今進んできた方へ変えようとした
その時だった
『―あなたの願いはわたしの願い
わたしはあなたの為に旋律を奏でましょう』
そっと語りかけるような旋律がキノの耳に届く
「これは、サヤの歌…?」
一本道の先から聞こえる声はまるでキノ達を手招きしているようだった
*‥*‥*‥*
短いようで長い道のりの終点は少し開けたような、かといってそんなに広くない広場だった
だが、そこにキノが求めていた少女はいた
頬を撫でる優しい風に合わせて白いコートと髪を赤いリボンがなびく様はとても美しかった
『ただ変化も無く過ぎ行く日々に移ろいて
いつしか心動かす事を止めた
怖がらないで
喜びも悲しみも共に分け合いましょう
訪れる新しい季節を数えましょう
大地に植えられた種は芽吹き、育ち、咲き、実り、そして種を大地に還して巡る
そうして永久に続く幸福を共に心に抱きましょう』
鈴のように凛とした歌声が風に乗ってキノの胸へ響き、心に暖かさを与える
何故か、彼女を見ていると引っ掛かる
こう、もやもやとした気持ちに襲われるのだ
喉元まで出かかっているのに解らなくて気持ち悪い
―私はいつまでも貴方と共に在るから
すうっと空に溶けるように歌が終わる
しばらく余韻に浸っていたサヤがふ、と振り返った
「…キノ!エルメス!」
サヤは一人と一台の姿を認めるなり、駆け足で彼女の元へ一直線にダイブする
「突然いなくなっちゃうんだもん。びっくりしちゃった」
独りぼっちで心細かったんだから、とちょっとだけ拗ねてるような声で付けたし、ジャケットの裾を軽く引っ張る
「ああ、うん、ごめん…」
「キノ?」
どこか元気のないようなキノを不審に思い、下から覗き込んで顔色を伺う
『すごい、すごいよサヤ!門番の話は本当だったんだね!』
「はい?」
なにやら興奮しているエルメスだったが、サヤは訳が分からず、首を傾げた
『急に国中の人や猫がいなくなっちゃって、』
「えー!?人が誰もいなくなったなんてありえないよー。急にいなくなったのはキノ達でしょ?パッと消えちゃうみたいに」
『それがサヤ達だったの。ほんとだってばー。信じてよサヤ』
「うーん…。あ!猫っていえばね、私も…」
時々エルメスを小突きながら笑い声を上げるサヤの横顔をキノは見つめていた
サヤは怒ったり、泣いたり、笑ったり、感情を素直に表現している
何気ない日常に色を見出だし、それを幸せそうに話すのだ
その豊かな心が人の心に響く歌を紡いでいるのかもしれない
(ああ…そうか)
『何か』がパズルのピースをはめるようにことん、とキノの心に収まった
(ボクが好きなのは楽しそうに謳っているサヤとその歌なんだ
)
ない、のではなく本当は最初から心の奥にあったのだ
無理矢理押さえ付けるように封じ込めていたので表に出ていなかっただけであって
「キ、ノ…?」
か細い声が耳を掠め、瞳を開けると
サヤがりんごのように頬を真っ赤にしていた
「私の歌、とか、好きって…ほんとに…キノが好きって思えるもの…?」
「!!?」
問い掛けにキノは知らぬ内に考えを口走ってしまっていた事を悟り、それと同時に恥ずかしさでいっぱいになる
「あ、いや、うん」
「そっか…。キノがそう思ってくれるなんて嬉しい」
「サヤ…」
「これからは一緒に色んなものを見つけていこうね!」
「……うん、そうだね」
「それとね、あのね、キノ。今の歌、実は…その…」
「え…?」
『お二人さん?イチャつくのもいーけどその前にやる事がたくさんあるでしょ』
このまま二人を放っておいたら日が暮れてしまいかねない、と思ったエルメスがツッコミを入れる
「……!」
それを聞いたサヤはこれ以上ないくらいに顔中を赤く染め、俯いてしまい
「べ、別にボク達はイチャついてなんか…」
キノは慌てた様子で否定する
しかし、そのうろたえぶりは図星を突いているのだと自分で言っているようなものだった
『…やれやれ』
溜め息混じりのエルメスの言葉が風に流された
《猫の国―END》