第2部

□プロローグ・遠く果てしない世界の何処かで
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遠く果てしない広い世界、旅の中で幾多の出会いと別れを繰り返す

出会えば、いつか別れの時は訪れる

それはとても悲しい事だけれど
その中でも楽しい事、幸せな事もたくさんある


だから別れる悲しみより出会えた喜びと
共に在るこの時を大切にしたい

それはいつかの別れの後、優しい想い出になってきっと胸に残る筈だから


壊すだけじゃない
失うばかりじゃない
守りたいもの、大切にしたいものがある


差し出された手をもう決して離さない


そして、今度は私が―



*‥*‥*‥*
多くの人が行き交う街の広場では片手で簡単に食べられるフードや飲み物を提供する屋台をはじめ
野菜や肉の生鮮品から美しい刺繍が施された上質な反物や細工物といった交易品を扱った市場等が出店しており、賑わいを見せている

そんな広場の一角で一人の少女が謳っていた

年頃は十代半ばくらい
襟の細いリボンがワンポイントの白いワイシャツと丈の短い裾にフリルがついたピンクのスカート
長いアイボリーの髪を赤い大きなリボンで結ばれ、余った少し長目な横髪が揺れる
卵型の丸く、大きな翡翠色の瞳が印象的だ


少女の謳声に道行く人が一人、二人と足を止め
近くのベンチで休憩のお供に、と飲み物や食べ物を片手に少女の歌に耳を傾けていた



柔らかく澄んだ声が聞く人の心に優しい響きをもたらす


ゆったりとした旋律を少女は何より好み、謳う事が多かった

お祭りのような明るくリズミカルに踊れるような歌も好きでよく謳う

だが、得意とするのは清涼な空気に満ちた森のような、渇いた旅人を潤す水の清らかな流れのように優しく癒す歌

そして、必ず心掛けている事がひとつ


『皆が笑顔になる歌を謳う事』


それが少女の歌の根源となるものだった



*‥*‥*‥*
「えへへ」

広場を後にした少女は軽い足取りで石畳みの街を歩く
抱えた焦げ茶色の小さな紙袋には焼き菓子の差し入れとほんの少しの銀貨と銅貨

所謂『おひねり』だ

お金もこの辺りの国では共通らしいのでここを出ても使えるだろう


今夜には謳い手として宿の中にある酒場で謳う事になっている


立ち寄った国によっては治安が悪かったり、その時の事情によっては歌どころではないので
こういう平和な国で謳えるのは嬉しかった

「あれ…?」

急に辺りが薄暗くなり、少女がふと空を見上げるといつの間にか青空が鼠色の雲に隠れていた

遠くで合図のように微かな轟きの音が聞こえる

(自然の事だから仕方がないのは分かるけど、雨ばっかり…)

雨は嫌いではないが、こうも長い間どんよりとした鼠色の雲ばかり見ていると明るい太陽の光と蒼い空が恋しくなるというもの

前に旅をしていた地域も割と雨が多い所だった
何せ、年中雨が降っていて止まない国もあったぐらいだ

海を渡れば気候も変わってくると思ったのだが、そうでもなかった

もしかするとこの辺の地域はかなり広い範囲で雨期なのかもしれない

(一雨くる前に帰らなくちゃ)

鼻先に冷たく濡れた感覚
え?と思った瞬間、空から降り注いだ雨粒が石畳の地面を強く叩く

「えっ…えええっ!?」

あまりにも早すぎる!
突然の事に驚きながらも少女は腕に荷物として持っていた白いコートを頭からかけて雨避けにする
そして、雨宿り場所を求めて走った



「うう…びしょびしょ。もうっ、急に降るなんてひどいよ」

少女は肌に張り付いたスカートの裾を摘まみ、ため息をついて鼠色の空を恨めしげに見上げた

この降りからすると恐らく通り雨だろうからすぐに止むとは思うが…

「キノとエルメスは大丈夫かな?」

少女は別行動を取っているパートナーの身を案じた


朝起きると隣で一緒に眠っていたキノはもういなくて

仕事に行ってくる、や買い出しに行く等の書き置きを残して事は今に始まった事ではない

そんな時はこうして少女も別行動をして歌手としての本分を果たしている訳だが…

「くしゅッ!」

少し身体が冷えてしまったようだ
なるべく早く宿に戻って熱いシャワーを浴びた方がよさそうだが
この雨ではしばらく外を歩けそうにないので大人しく弱まるのを待つ事にした

「…?」

そんな時だった
裏でもぞり、と人が動く気配がした
どうやら先客がいたようだ

特に危険な気配も感じなかったのでこれは雨が止むまでご一緒させてもらおうか

そう思い、少女はひょこっと覗き込むように裏へ回った

「あ」

空のように曇っていた少女の表情がパッと明るくなる
何故なら、先客は少女がよく見知った顔だったからだ


「…こんにちは!また会えたね!」

少女は先客の手を取り、聞いた

「今、一人?」



プロローグ・遠く果てしない世界の何処かで―END




 

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