第2部

□小さな芽生え
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甘い蜂蜜をたっぷり溶かしたホットミルクはサヤ一番のお気に入り

これを夜眠る前に飲めばとてもよく眠れるのだ

一口飲めば口の中にまろやかなミルクと微かに花の香りがする蜂蜜の優しい甘さが広がって冷えた身体をじんわり暖めていく

はあ、と息をつけば白い息が
今、旅をしている地域は雪こそあまり降らないが、それなりには冷える

こうして野宿をする時はできるだけ身体を暖めてはいるが
何日も野宿が続くとそろそろ温かいベッドと熱いシャワーが恋しくなる

それに―

「………」

サヤは隣で同じようにホットミルクを飲んでいるキノをちらりと見る

彼女も寒いのか鼻が赤く、息も白い

サヤはキノから目が離せなくなっていた
少しだけ、そう思ったのに


「どうしたんだい、サヤ。早く飲まないと冷めちゃうよ」
「え、あ…そうだね…」

カップから立ち上る湯気は殆ど無くなってしまっている
少しだけ温くなってしまったミルクをコク、コクと喉へ滑らせる

やがて空になったカップを弄びながら焚き火をぼんやり眺めていた

身体は暖まったがやっぱり物足りない

「サヤ」

呼ばれた方へ向けばキノが右片手でくるまっていた毛布を捲り小さなスペースを作っていた

「おいで」

サヤはすぐにカップを置いてキノの傍へ寄った
キノはサヤの身体を抱き寄せると自分の毛布でくるんだ

「あったかい…」

サヤはすり、とキノへ身体を寄せる

ああ、どうして彼女はして欲しい事をして欲しい時にしてくれるのだろう?

「ああ。暖かいね…それに、甘い香りがする」

キノはサヤの首元に顔を寄せた

「またその話?」

くすくすサヤが笑う

いつかも同じような事をしてきた時があったな、と思い出す
まるでお菓子か何かと勘違いしているみたいだ

「食べちゃ駄目だよ」
「それは残念だ」

おどけたようにキノが言って首元から離れる

「ああ、でも―」

キノは目を細め、サヤの唇を指でなぞった

「ここは甘くて美味しそうだ」

何度もなぞる指先がくすぐったくて、変な感じがする

サヤはキノの瞳から目を逸らす事が出来なかった

まるで捕食者に狙いを定められた獲物のようにすくんでしまい、身動きが取れなかった

いつもと違う、初めて見る表情

真剣な面持ちでこちらを見据える彼女にサヤはただじっと事の成り行きに身を委ねるしかなかった


「…なんてね。冗談だよ」

ゆっくり指先が離れていく
気付けばキノは静かに笑みを浮かべていた


驚いた
キノでもあんな顔をするんだ、と

それより何より『食べてもいいよ』って思わず言いそうになってしまった自分に驚いた

もし、『いいよ』と言っていたらどうなっていたのだろうか
その先は?

さっきみたいに冗談だよ、と笑われるか
それとも―

「さて」

もぞり、キノが動き
反射的にサヤの肩がぴくりと震える

それに気付いたのかキノはふっ、と笑った
しかし、言及はしなかった

「そろそろ寝ようか」
「そうだね…」

キノの黒い瞳が今、何を思っているのかサヤには分からず困惑した

「おやすみ、サヤ」
「おやすみ、キノ」

すっ、とキノの瞳が閉じられ、より一層抱き込まれた

(どうしよう…私、今すごくドキドキしてる…)

サヤは鼓動が早まる胸を押さえた
せっかく身体が暖まってもこれでは寝付けないではないか


(この気持ちは…)


いつかの日、感じ始めていた気持ち
しかし、それは不要の感情だと成長する前に摘み取った筈の気持ちが今になって何故?


一体いつから?


そう、あの日だ
もう一度はじめようと二人で約束したあの日から心の何かが変わりつつある


あれから随分経つけれど
今、小さな芽生えを確かに感じていた


この気持ちはきっと―


「 」


声にならない気持ちをそっと囁き
サヤは目を閉じた



小さな芽生え―END




 

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