第1部
□夢と現実と
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夢は現実には勝てない
不安定なものはより確かなものに存在を崩されてしまう
始めから決められている結末を変えようとしても無駄な足掻きになるだけ
だから何もしないで諦めてしまう
本当の気持ちは偽りの気持ちで上から塗り潰されるのだ
けれど、夢は心に強く思い描かかなければ現実にする事も出来ない
どんなに叶える事が困難な願いでも
まず、願わなければ叶えられない
目指すべきものがなければ何も始まらない
その場から一歩も前へ進めないのだ
*‥*‥*‥*
空を仰げばさんさんと照り付ける太陽の光に目が眩む
土砂降りの雨で足止めをくらうのは嫌だが、あまりにも天気が良すぎる、というのも困る
自然の流れに人間が自分勝手な都合を押し付ける訳にはいかないが
たまにはちょっぴりだけ文句のひとつも言いたくなるもので
「あつーい!!」
サヤは額から流れる汗を拭い、叫んだ
「うう…エルメスに扇風機でも付けたらちょっとはマシになるかな」
『ええ!?やだよ!そんなのカッコ悪いじゃん!』
「大丈夫!とびきりかっこいいの付けてあげるから安心して!」
『そういう問題じゃないの!』
「むぅ―…」
改造計画を断固拒否されてしまったサヤはむくれながら長い髪をポニーテールに纏める
(あ…)
赤いリボンと髪がそよ吹く風にさらさらと流れる
旅をしているとシャワーを浴びる機会がなかなか無い為、長い髪は傷みやすいのだが
彼女の場合、不思議なことに野宿続きで何日経ってもその美しさを保ったまま
きっと髪質なのだろうが、少しだけ羨ましかった
「前から思ってたけど、サヤって髪の毛長くて綺麗だよね」
キノはサヤの髪をひとふさ掴んでさらり、と撫でる
「えへへ、そうかな?キノも伸ばせばいいのに。きっと可愛いよ」
「ボクには似合わないと思うな。長い髪はサヤの方が似合うし可愛いよ」
「ほんと?嬉しい!」
『そうそう。本人の言う通りだよ。長い髪のキノなんてキノじゃないからね』
「サヤ。このおしゃべりなモトラドを黙らせる機能は付けられないのかい?」
「それはちょっと無理かな…」
あったとしても本人に全力で阻止されそうだ
「き、休憩はここらへんにしてそろそろ行かない?その分、早く国に着いて早く涼めるかもよ」
ここはエルメスの身の安全の為に話を適当なところで切り上げた方が良さそうだった
*‥*‥*‥*
やっとの思いで(主にエルメスが)小高い丘を登ると眼下に蒼い海が広がる
太陽の光に反射されて輝く光景は宝石のように美しかった
それは感動を表現する言葉も上手く出ないほどだった
「わぁ…」
サヤは目をキラキラと輝かせて海を見下ろしている
「サヤは海、初めて?」
「うん!あちこち旅してたのに今まで海に出なかったのが不思議なくらい」
確かにサヤはキノと旅を始めた時期はそう変わらない筈
キノは道を進んでいて何度か海に出ていたのに一方のサヤは森や平原に出る事が多かった
国から国への旅暮らしをしていたというのに、それだけ土地が広大だったのだろう
という事はまだまだ未知の土地、国も少なくない、という事
二人は世界の広さを改めて知った
「見て、キノ、エルメス!港町がある」
サヤが指差した丘の下には大きな港町があった
「あそこは城壁に囲まれていないのか?」
野盗、他国からの侵略…といったあらゆる防衛の為に街を取り囲んでいる石造りの壁がない事にキノは疑問を抱いた
森の奥にある小さな村や集落といった特別な類を除いて、城壁があるのがほとんど
いや、本来なければならない筈
あれだけ発展している街だ
なければ色々と大変だろうに…
「サヤは気にならないかい?」
と、キノは隣のサヤの方に向いたが彼女は海を眺めながら呑気に鼻唄を謳っていた
初めての海にすっかりご機嫌で疑問など塵とも感じないのだろう
キノはやれやれ…と思いながらもサヤと同じように何も考えずに海をゆっくり眺める事にした
初めての海にはしゃぐサヤの姿があまりにも嬉しそうだったから
それに―
(サヤとならこうしてぼんやりするのもたまには悪くない、し)
やがて一人の青年が港町の方面から丘を上がってくるのが見えた
「こんにちは、旅人さん達」
「こんにちは!」
サヤは元気よく挨拶した
「こんにちは。貴方はあの街の住民ですか?」
「ああ、そうだよ」
「何故あの街に城壁がないのですか?」
「港町は開かれているべきだからね。それにこの辺は昔から治安が良いし、何かあっても町の皆で力を合わせて解決してきた。だから心配無用さ」
青年は誇るように胸を張って言った
「わー、なんだかいいなぁそういうの」
「…?そうかい?」
「むぅ、キノってば相変わらず反応が薄いんだから」
「ま、一度立ち寄って何日か過ごしてくれれば街の良さが分かる筈だよ」
*‥*‥*‥*
街に入る為の審査はいたって簡単なもの
荷物の検査と身体検査といった最低限の検査だけ
滞在目的や、期間等、特にこれといった質問はされなかった
国や街によって様々な審査があるがここまで簡単なものは無かったのでキノはいささか拍子抜けしてしまった
「これが開かれている街、か」
キノはぐるり、と辺りを見渡す
行き交うたくさんの人々はなにも街に住む人だけではない
旅衣装に身を包んだ人も多かった
出入りを厳しく制限してないおかげなのか、陸から海から多くの人が訪れ、店という店は賑わっていた
恐らく、今まで訪れたどの場所よりも活気に満ち溢れているだろう
キノは純粋にすごい、と思った
大低の国の人々は外部の者を頑なに拒み、毎日の暮らしを淡々と過ごしており
どこか生気が感じられない
しかし、ここは違う
訪れる人全てに対して開かれているおかげで外と中の交流が盛んで
人々も生き生きとしているのだ
「って、サヤはどこに行ったんだい?」