第1部

□そして、私達は世界の果てへ旅立つ
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サヤは目の前に遠く広がる蒼を見つめていた

素足をそっと撫で、寄せては返す波の音
果てのない蒼の向こうを

キノはその隣で彼女の様子を眺めていた
エルメスはというと、砂浜はスタンドの安定が悪い、という理由でコンクリートの道の脇でお留守番

もう、随分と長い間サヤは飽きもせずにずっと同じ景色を見つめている

その横顔がどこか物悲しい雰囲気を纏っていた


触れてしまったら
声をかけてしまったら

波が立てる泡のように影も形も残さず消えてしまいそうな儚さ

こんなに傍にいるのにどうしてこの手は届かないんだろう―そんなもどかしさを感じながらキノは行き場のない手の平を握り締めた

「…広い、ね」

それまでずっと黙ったままだったサヤは不意にぽつり、と漏らした

「…うん、広いね」

キノはサヤと同じ目線のまま答えた

「…綺麗な蒼。空の蒼が海の水に溶けてるみたい」

一歩、二歩とサヤは沖へ足を進める

「この海はどこまで続いてるのかな…?この先には何があるんだろう…?」

彼女がそうして砂を踏み締める度に砂が沈み、そこに足跡ができる

「兄さんがね、言ってた。旅をする事は人を知り、世界を知る事…そして、自分自身を知る事だって」

サヤはゆっくり振り返った
ドキリ、とするような艶を含んだ切ない表情をこちらに向けている

サヤのこんな表情を見るのは初めてでキノは柄にもなくどぎまぎしてしまった

「ねぇ、キノ…もし、もしもだよ?知ったとしても忘れちゃった時…いくら知っても覚えておけなかったらどうすればいいのかな…?」
「…サヤ…?」
「楽しかった事や大切な想い出もいくら作っても、知っても忘れちゃったら、どうしたらいい?」

強い風にお互いの髪や服がはためく
風に導かれるようにして押し寄せてきた波が彼女のつけた足跡を影も形もなく消し去る

「なら、また知ればいい」

キノはサヤに歩み寄る

一歩
新しい足跡がつく

「海も空もどこまでも続いてるように旅に終わりは無いんだから」

二歩
新しい足跡がつき、古い足跡を波が消していく

「ならキノ、約束…して…?ずっと一緒に…いるって…傍にいてくれるって」
「…それはできないよ」
「どうして?私とずっと一緒にいるのは嫌?」
「違うよ。ボクだってサヤとできればずっと一緒にいたい。けど生きている限りいつ死ぬかもわからない。明日、突然死んでしまうかもしれないし、殺されるかもしれない。だから『ずっと』は約束はできないって事」
「そっか、そう、だよね…」
「でも、いられるように最善を尽くす事くらいはできる、かな」

キノはサヤの頭を撫で、彼女の手を取った

そして、乾いた砂を踏み締め、足跡をつけながら波打際を後にする



ふたつの足跡はどこまでも続いていく
広い空を渡る風のように
果てのない海のように


―そして


日々、変わりゆく世界のように


二人が歩む事を止めない限り『ずっと』続いていく―



そして、私達は世界の果てへ旅立つ―END

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