第1部

□キミの笑顔の裏側、ボクの内で変わりゆくもの
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キノ達は森の中を進んでいた
日の光が差し込み、そよ風吹く、穏やかな森だった

同じ森でもやたらと生い茂り、時折、奇妙な生き物が目の前を横切るような薄暗いのもあるが、あちらはいただけない、色々と

本来なら季節的に枯れ葉を落としているというのにまだこうして緑が美しい森の姿を保っているという事は

前の国の前くらいに立ち寄った花の国特有の温暖な気候の影響を受けているのかもしれない
まあ、季節に左右されない花の国の気候は様々な条件が合わさってできていた特別なものであって
あと何日かも走っていけば森の姿も正反対へとがらりと変わるだろう


そうなると気温の変化も激しくなるので体調を狂わせられないように気をつけなければならない




エルメスを比較的ゆっくり走らせているのと、森のマイナスイオン?に癒されてか後ろに乗っているサヤがうとうとし始めていた


旅を始めたばかりの頃からサヤは時々こうして少しだけ眠ってしまう事がある

最初は危なっかしいと思ったのだが、案外、しっかりとつかまっていのでそこまでスピードを出さなければ…と段々気にしなくなった

(それにしても、さすがにちょっと疲れてきたか?)

早朝に出発してから結構な時間が経っているし、そろそろ休憩を挟みたい所だ

日も高いし、どこか手頃な場所でお昼寝、というのも悪くない

『キノ、この先から水の音がするよ。休憩にはちょうどいいんじゃない?』

エルメスが言った

思った矢先にこうもあっさりと休憩場所が見つかるとは何たる幸運
しかも、泉のほとりの木陰ときたら絶好のお昼寝スポットだ

キノはじゃあ、そこで少し休もう、とエルメスに案内を頼んだ



*‥*‥*‥*
エルメスの言う通りの方角へ進む事、しばらく
キノ達はぽっかりと開けた小さな泉のある場所に出た

木漏れ日が反射して水面がきらきらと輝く幻想的な美しさに目を奪われる

「サヤ、起きてる?泉を見つけたから休憩にしよう」

キノは自分のお腹にまわされた手にぽん、と触れて、優しく声を掛ける

「う…ん…、きゅーけい…?」

半分眠りかけていたサヤは舌っ足らずな声で、ごしごしと目を擦る

「…わあ!綺麗な泉っ」

泉を見たサヤは目をぱあっと輝かせ、エルメスから降り、ブーツを脱ぐやいなや泉へ直行していた

ついさっきまで軽くうたた寝していたのが嘘のようだ

「ひゃっ、冷たーい!」

泉の浅い部分に足を浸したサヤはきゃっきゃっ、とはしゃぐ

『あれれ?サヤってば、すっかり元気そうだなあ』
「見た目だけは、ね」
『うーん、確かに』

そう、ここ最近、サヤは萎れた花のように元気がなかったのだ

食欲がないのか食事も残すようになり
好物の甘い物でさえ、ひとくち、ふたくち、食べるだけ

キノもエルメスもとても心配していたのだ

森の新鮮な空気のおかげでちょっぴりは元気が出たのだろうか…?

しかし、ああ見えても実は空元気で、自分達を心配をかけさせまい、と振る舞っているのかもしれない

サヤはやせ我慢というか
辛くてもそれを口にはせず、自分の中に押し込んでしまう癖があるというのが旅を通して徐々に分かってきた事だった

食事の時だってたいしたことない、と笑って言っていたが実際は本当なのかどうか

(こんな時、サヤの気持ちが分かったらいいのに)

キノは何とも歯痒い気持ちだった


―以前、彼女に他人の心の言葉にしていない部分が自分の心の内でに理解できるように―つまり他人の心が読めるようになりたいか、と聞かれた事がある

その時、自分は答えたのだ
人には知られたくないような事があるから言葉にしないのに、それを覗き見るような行為は好ましくない、と

矛盾しているのは分かっている

けれど、サヤが一人で悩みや痛みを抱え込んでいる

長年―とは言えないが彼女はこれまで一緒に旅をしてきた大切なパートナー
だから彼女が苦しんでいるというのにじっとしてられないのだ



『結局、花祭りの夜に会ったあのお兄さんは何者だったのさ』

不意にエルメスがとある話題に触れる

「お兄さん…?ああ、シズさんの事か」

そう、サヤの知り合いだという青年こそがサヤが元気を無くしている原因とも言うべきか

とにかく彼に会って以来だ
サヤが思い詰めるような顔をする事が多くなったのは

「昔、師匠に助けられた縁でサヤと知り合ったとかって聞いたけど」
『でもサヤは知らないって言ってたよね』
「ああ。でも、シズさんの話を聞く限りではあの人も嘘をついているとは思えない」
『じゃあ…』
「まだはっきりそう決まった訳じゃないけど、ね」

キノは最近のサヤの頭痛や不調についてとある推測にたどり着いていた


―それは、記憶の欠落


『何も分からないの、思い出せないのっ!』


シズと対面した彼女はそう頭を押さえていた

それ以外にも時々、ぼんやりしたり
ほんの少し前の事を忘れたりする事も多くなっていた


きっと疲れているせいだ、と簡潔に片付けてしまっていたが

今回のシズとの出来事でキノはもしかしたら―と思った

それだけで結び付けるには安易な気がしたが
そうすれば今までの彼女の体調不良や不審な点全てに納得がいく

しかし、だからといって自分に何ができるのだろうか?


「…ノ…ね…ってば…」

まだはっきりと彼女の口から事実を聞いた訳でも、相談を持ち掛けられた訳でもないのに…

「キノ!!」
「!!?」

いつの間にか、目の前にいたサヤがむっとした表情で仁王立ちしていた





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