第1部
□キノ〜迷える心、散りゆく想い
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くすんだ茶色の葉を散らす木々の間を一台のモトラドが走っていた
地面に敷き詰められた枯れ葉や枝がタイヤに踏まれ、パキパキと音を立てる
空は今にも泣き出しそうな灰色に染まっていた
時折、木枯らしが吹いてはキノとサヤの頬をひんやり掠めていった
「っくしゅ!」
サヤは片手で口元を押さえながら何度もくしゃみを繰り返していた
「大丈夫かい?寒くない?」
キノが聞くとサヤは平気だよ、と言って真っ赤な鼻を擦った
「こうしてキノにくっついてれば暖かいから」
と、身体を密着させた
隙間がなくなったお陰でお互いの温もりがより伝わるようになり、熱も逃げにくくなった
確かにこうして身体を寄せ合うのは良いな、とキノは人の温もりの心地よさに穏やかな気持ちになっていくのを感じた
*‥*‥*‥*
「遅い…」
キノはむすっとぼやいた
『薪を集めてくるね』
そう言ってサヤが森の奥に消えてから既に三十分以上は経過している
ちょっとそこまで行って薪を拾ってくるだけなのに遅すぎではないか
辺りに人は誰もいないし、銃声も何もしない
しかし、万が一という事もある
「捜しに行くか…」
右股のホルスターから『カノン』を抜いて枯れ木の森へと足を踏み出した
*‥*‥*‥*
サヤは意外と近場であっさりと見つかった
ただ、倒れている状態でだが
「サヤ!!!」
一体何があったのかと抱き起こして身体のあちこちを調べるが怪我をしている様子はない
しかし、よくよく見れば顔は赤く染まっており、恐る恐る触れれば異常な熱を孕んでいた
「サヤ…まさか君…」
そこまで言ってキノは口をつぐんだ
サヤの体温が熱いとは感じていたがそれは寒さで身体が冷えているせいだと思って特に気に留めなかったのだ
「君は馬鹿か!熱があるならあるってどうしてちゃんと言わない!?こんなになるまで放っておくなんて!」
キノは怒鳴った
「ごめ…なさ……」
苦しげに息をしながらサヤは謝った
「全く…しょうがないな…」
病人にいくら怒っても仕方がないか、と諦めたキノは動けないサヤをよっと背負った
*‥*‥*‥*
「ごめんね…」
ベッドの中から弱々しい声が漏れた
「…今はゆっくり休んで、早く身体を治して。お説教はそれから」
キノは冷たい水で絞ったタオルをサヤの額に乗せた
こんなになるまで我慢していたサヤへ物申す事は多々あったが、今は体調を整える方が大事だ
『しばらく気候がおかしかったからね。無理もないよ』
エルメスが言った
ここ最近の移動は特に寒暖の差が激しかった
恐らくサヤは急激な大気の変化についていけずに体調を崩してしまったのだろう
軽い風邪からかなり悪化している様子を見ると随分前から我慢していたのかもしれない
頭痛の事もあったので彼女の様子には些細な事まで気を配っていたのだが、不覚だった
『親切な人達で良かったねキノ』
「ああ…次の国までは距離もあったし、これ以上悪くならなくて安心したよ」
あの後、キノは無我夢中でエルメスを走らせ、そこで運よく見つけた一軒家に転がりこんだ
その家に住んでいたのは少女と少女の兄と両親の四人だった
両親は顔面蒼白のキノとぐったりしているサヤを見るなり事情を聞くのももそこそこに家の中に連れ込み、無償で薬やベッドを提供してくれた
この恩は感謝してもしきれないだろう
―コンコン
ドアが控えめに二回ノックされる
どうぞ、とキノが言うと少女が部屋の中に入ってきた
「あの…サヤさんの具合はいかがですか…」
「今眠ったところ。熱は上がってきちゃってるかな」「そうですか…。あ、キノさん、これをどうぞ」
少女はラップに覆われた皿をベッド脇の小さなテーブルの上にコトンと置いた
皿に乗っていたのは林檎の果汁を寒天で固めたゼリーのようなものだった
透き通った綺麗な黄金色で、食欲をそそる
「私も風邪で食欲がない時はよく食べてるんです。サヤさんが起きたら食べさせてあげてくださいって母が。そうすれば薬の効き目も良くなるはずですから」
「ありがとう」
頭を撫でてやるとくすぐったそうにはにかんで頬を軽く染めた
「私は失礼します。あのっ、もし何かあれば遠慮なく言ってくださいね!」
少女はぺこりとお辞儀をし、パタパタとかわいらしい足音を立てて部屋を後にした
『あの子、キノを男の子だと思ってるね絶対!』
少女が出ていくとエルメスがそんな事を言う
「は?」
『きっと彼女はキノに一目惚れしたんだと予測してるんだけど』
「何それ」
『だってキノは本当に男の子みたいだし』
「…叩くよ?」
『わわっ!冗談だってば〜』
そうしていつもと同じ会話を交わすうちにキノの内の焦っていた気持ちもだんだんとほぐれてきた
きっと彼はそれを承知で彼なりにキノを励ましているのだろう
(ボクはどうしてこんな事で焦ってるんだろ)