第1部
□決別の夜
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わたしが思い出せる限りではそれは一人で旅を出た頃だったと思う
いつからか、その感情は影のようにひっそりと息づいていた
でも、ずっと考えないようにしてきた
この気持ちは嘘のものだって
だってわたしはどちらも大好きで、大切だったから
こんなにも醜いモノはわたしが抱いてる気持ちじゃないんだって信じていたかった
けれどわたしが『貴女』という存在を想うほどにわたしの中で『貴方』のカタチは崩れていく
影は広がり
心は黒く塗り潰され
想い出は失われていく
お願い
このまま『貴女』を好きなわたしでいさせて―…
*‥*‥*‥*
―夜の森の中
暗闇の中で輝くのは木々の間から差し込む月明かり
夜の静寂を打ち破るようにざわざわと風に揺られて音を立てる葉が孤独感を呼び寄せる
先程まで残り火が燻っていた、たき火の後はすっかり熱を失っていた
「…キノ…」
少女は隣で眠るパートナーの名を小さく紡ぐ
キノと呼ばれたパートナーは熟睡しているのか、少女が触れても起きる気配がなかった
短い黒髪を梳くようにして撫でる
「ごめんねキノ。ごめんね」
少女は謝った
何度も、何度も謝った
「私…気付いちゃったの。これ以上望んでしまったら、私は私でいられなくなるかもしれない。キノにそんな私を見てほしくない。今のままがいいの。深い部分に触れる事のない。お互いが辛い想いをしないで笑顔でいられる。優しい関係でいたい」
暗闇で表情は見えないが、切なげで泣きそうな声だった
そして少女の刹那を表した言葉は誰かに、ではなく自分に言い聞かせているようだった
少女はそこで区切り、一瞬だけ口を閉ざし
すぐに最後の言葉が放たれる
「だから、私は貴女を私の中に入れない。踏み込ませない」
いつもぼんやりしている穏やかな少女はそこにはいなかった
少女自身でさえ、密かに驚く程の冷たさを含んだ声音だった
―自分勝手な私で、ごめんなさい
―でも、もうこうするしかないの
最後に少女は小さくささやき、瞳を閉じた
決別の夜―END