第1部
□想い出のゆりかご
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嬉しかった事や悲しかった事
想い出がどんどん失くなって、からっぽになっていくのが怖かったの
だからわたしは触れられる確かなカタチが欲しかった
そう、兄さんがくれたこのペンダントのような
目に見えないあやふやなモノではなく
確かにそこに在るモノが
*‥*‥*‥*
重たい音を立てて城門が開く
そこから広がる町並みはどこにでもあるような普通の国だった
何か面白いものとかあったらいいな、そういえばお腹が空いたな、とエルメスのシートに座ったままのサヤはぼんやり考えながらそれらを眺めていた
一方、エルメスの隣に立っていたキノは審査官から国についての説明を受けていた所だった
「想い出の国?」
キノは審査官に聞き返す
想い出、という単語を聞いてサヤはピクリと反応を示すが相変わらず遠くを見てぼぅっとしているだけだった
「はい、ここでは想い出を夢として『見る』事が出来るんです」
そして彼は中心に立つ大きな時計塔のような建物を指差す
「あそこに大きな建物があるでしょう?『想い出のゆりかご』といってあの場所で眠ると過去の想い出を夢として見られるのです」
『へぇー、すごいね』
エルメスは感心した
「人間の記憶力には限界があります。時間が経てば楽しかった事も辛かった事も関係なく忘れてしまう。けど、たまにそんな想い出に浸りたい時ってありますよね?それをあの場所は叶えてくれるんですよ!」
そして、審査官はやや興奮気味にまくし立てた
キノとサヤは驚くほど冷めていた
(…ん?)
キノはとある違和感を感じた
そう、隣にいる少女がいつになく大人しいのだ
自分は感情の起伏がそこまで激しくないから特に普通なのだが、彼女は違う
いつものサヤならこんな時はすごいね!とか言いながら跳びはねたり、はしゃいだりしてキノをちょっぴり呆れさせる筈なのに
どこまでも無口で無表情だったのだ
具合が悪くなるとこういった兆候が表れるが、顔色を見たところ、特に変化はない
「どうしたの?」
鈴を鳴らしたような声が聴覚に響き渡り、キノは我に返る
遠くを見ていたサヤがいつの間にかこちらを見上げていた
大きく丸い蒼の瞳は暗く、影を落としていた
それはキノを心配しているからか、あるいは―
「いや、何でもないよ」
キノが薄く笑いながら言うと彼女はそう、とだけ短く返事をして再び遠くのどこかへ顔を向けてしまった
*‥*‥*‥*
国に入ってからサヤは一言も話さなかった
ただ、流れては消えていく建物をぼうっとした表情で見つめるだけだ
光に満ち溢れていた瞳は今ではすっかり生気を失ったようだった
しかし、何故このような状態になったのか心当たりが全くなかった
国に着く前までは至って普通でエルメスと楽しそうにおしゃべりをしていた筈だ
(だとしたらこの国にサヤを変えた原因があるのか?)
直接彼女に聞いてみれば解決しそうなものだが、できればそっとしておいてあげたかった
とりあえずキノは詮索を止めた
そして、何かを思い立ったのかエルメスのエンジンを止めて降りた
センタースタンドを立て、座ったままの彼女に手を差し延べる
サヤは訳が分からない、といったふうにきょとんとした表情になる
「少し歩こうか。『ゆりかご』も近いことだし、たまには自分で歩かないとね」
しばらく訝しげにキノの手の平と顔を交互に見ていたが、渋々キノの手を取ってエルメスから降りた
そうして二人と一台はゆっくり道を行く
*‥*‥*‥*
サヤが急に立ち止まった
数歩先に進んでから少女がついてきていない事に気付いたキノが後ろを振り返る
どうしたの?と聞くとサヤは暗い表情をして下を向いたまま話しはじめた
「…キノは昔の事、子供の頃の記憶はある?」
「昔の?」
突然の質問に少し考え込んでからぼんやりとしか覚えてない、と答えた
「私も…実はあまり覚えてないの。ほとんどないに等しいかも」
『記憶喪失ってやつ?』
「………!!」
「んと、そうかもだけどちょっとだけ違うかも。師匠のところにいた時の記憶…っていうか、教えてもらった事とかはちゃんとしてるんだけど…」
そこで言葉を濁し、話すのを躊躇った
エルメスはそれで?と
ちらり、とキノを横目で見て消え入りそうな声で言った
「兄さんの事…とか」