第1部

□雨の止まない国
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あなたの悲しみは世界の悲しみ

あなたが流す涙は世界が流す涙



*‥*‥*‥*
大粒の雨の中、キノ達はエルメスを走らせ、ようやくひとつの国に辿り着いた

地面がひどくぬかるんでいるせいで時々バランスを崩して転倒しかけたが
サヤに怪我があってはいけない、との一心でキノは踏ん張った



城壁の脇にある詰め所の軒下にエルメスをセンタースタンドで止める

『明日こそは止むといいんだけど。タイヤが滑って走りにくくてしょうがないよ』

エルメスはぼやいた

「だね。これ以上水しぶきで濡れるのも汚れるのもごめんだ。それに…」
『それに?』

ちらり、とキノは隣で白いロングコートを脱いで水気を取っているサヤの姿を横目で見た

雨に濡れた長いクリーム色の髪
コートを着ていてもこれだけの雨だ
中まで濡れて服が肌に張り付いている

身体のラインをくっきりと映しており、同性のキノから見てもかなりな光景だ

「………」
『ん?ああ、そういう事か。キノってば意外とすけ…』
「!!!!」

とんでもない発言をしようとしたエルメスをキノはタンクを思い切り叩いて阻止した

「どうしたの?またエルメスがへんなコトでも言った?」

サヤはきょとんとした様子で聞いてきた
どうやらキノとエルメスの会話を聞いてなかったようだ

何でもないよ、とキノは表情を変えずに言い
詰め所の扉を叩いた

「おやおや、旅人さんがやって来るのは久しぶりだ。悪路の中、お疲れ様です」

門番はキノとサヤに厚手の大きなタオルを差し出して中へ招き入れた

「ほんと、すごい雨ですね。おかげで地面がぐちゃぐちゃでしたよ」
「審査が終わるまでには弱まると思いますよ。今日は一日強まったり、弱まったりの繰り返しですから」
「ちょうど雨期の時期に来ちゃうなんて運が悪かったなあ…」

サヤの言葉に門番は首を振った

「この止まない雨は雨期のせいではありません。この国の雨は止む事はないんです。永遠に」
「そんな事ってあるんですか?」
「私が生まれた時からもう二十年以上になりますが止みませんし、祖父から聞いた話では雨は遥か昔から降り続いているらしいですし、実際こうして止まないのですから有り得る話ではないでしょうか」
「でもでもっ、いくらなんでもおかしいって思った事とかないんですか?」
「流石に最初は私も疑問に思いましたが今ではすっかりこの雨にも灰色の空にも慣れてしまいました」

門番は頬を人差し指で軽くかきながら苦笑いをひとつ

「でも、これだけ毎日雨が降っていたら水害が絶えませんよね。この土地に定住し続けるのは危険なのでは?」
「その辺はご心配なく。確かに旅人さんのおっしゃる通り昔は水害が絶えなかったのですが、ご先祖は住み慣れた土地をどうしても離れられなかったのです。結果、技術は飛躍的に進み、他の国より特化しています」

門番は窓から見えるくすんだ灰色の空を見上げた

「今の子供達は蒼い空を見た事がない。この灰色に染まった空しか知らないんですよ。そしてこれからもずっと知らずに大人になって歳を重ねて生きていくのでしょうね。私のように」



*‥*‥*‥*
門番の言う通り、キノ達が審査を済ませ
入国する頃には雨は霧雨程度におさまっていた

彼は親切にも親戚が経営しているという宿に案内すると言ってキノ達について来た

詰め所を離れても良いのか、とキノは聞いたが
門番はきっと誰も来ないだろうし
ちょっとした休憩ですよ、と気楽な様子で返した
自分が口添えして宿代を安くしてあげますよ、と付け足して


モトラドの三人乗りはいくらなんでも定員オーバーなのでキノはエルメスを押しながら行く事にした
サヤと門番はその少し後ろを並んで歩く


「ずっと一人であんな場所にいると退屈ですよね」
「分かりますか!?いやー、話し相手がいればいいんですけど…」
「私だったら一日と持ちませんよ。そういうの苦手ですから」
「いやいや旅人のサヤさんには一時間と持たないんじゃないですか?」
「ふふ、そうかもしれませんね」

仲良く談笑する二人を見てキノは何だか面白くない気持ちになった





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