第1部

□猫の国
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―美しいものを美しいと思える心を守りたい



「では入国審査の手続きをしてきますのでしばらくお待ちください」

そう言って門番は詰め所を出て行った

「…」

残されたのはキノとエルメス

そして―

「…大丈夫かい、サヤ?」

備え付けの椅子に座り、ぐったりと力無く机に突っ伏しているサヤだった

「ごめん、サヤ。ボクのせいでこんな事になってしまって」
「キノは悪くないよ…」

サヤは柄にもなく落ち込んでいるキノに余計な不安を与えないように、と笑ってみせたが

「ほんとごめん…」

その気遣いがかえってキノの胸を痛めてしまった



―それは朝の出来事

キノが日課の訓練を終える頃にいつもならサヤが眠たそうにしながらも起きてくる
だが、今日は昨日の疲れが残っているのかキノが何をしても夢から醒めなかった

どうしたものか、とサヤの寝顔を見つめる事、数分
キノは朝食を作ろう、とこちらも熟睡しきっているエルメス後輪脇に括り付けられたトランクへ手を伸ばした

毎日作ってもらっているのだし、たまには自分がやらなければ

そんな健気な少女の親切心が後の悲劇を生む事となった



「わぁ!これ、キノが作ったの?」
「ああ。サヤ程、とはいかないけれどね」

深いスープ用の皿と一人前に切り分けられた固いパンをサヤに手渡しながら言った

湯気がほんわりと漂うちょっぴり黒に近いような焦げ茶をしたスープからは大きく切られた不揃いな人参やじゃがいもが顔を覗かせていた

「ううん、そんなコトないよ。いい匂いだし、おいしそう!」

にこにことこちらの気持ちまであったかくしてくれる笑顔を向けられると頑張ったかいがあったものだ

「いただきまーす」

そう言ってサヤはじゃがいもをスプーンですくって一口
そしてよく噛んでから飲み込んだ

「あ…」

サヤの口から掠れた声が漏れた途端、金属が地面に当たる音がした

「!?」
「兄さーん…まって―…」
「サヤーッ!?」

ここにいない筈の人物を求めた腕が空を舞ってべしゃり、と地面に落ちた



*‥*‥*‥*
「今度は大丈夫って思ったんだけど…」

一体何がいけなかったのだろう、とぶつぶつ独り言を繰り広げる

『キノの料理の腕は壊滅的なんだよ。なんせ、お師匠さんが生死をさ迷ったくらいだからね』
「師匠が?ある程度の毒なら平気なあの師匠が?」

エルメスの言葉を聞いたサヤは自分の耳を疑い
自分に出会う前の野宿の食生活が心配になった

『携帯食料か、保存食とか、肉を丸焼きにしたやつとか…。とにかくキノはおおざっぱだったよ。下手な男よりも男らしいよー』

サヤの心中に答えるようにエルメスが言う

キノはそんな事ないだろ!と反論して彼をボコボコにしてやりたい衝動に駆られた
が、本当の事なので手も足も口さえも出せなかった

「……………次から『料理』はわたしが作るね。それと、暇があれば色々と教えてあげるから」
「うん、お願いします…」

キノが深々と頭を下げた時、詰め所のドアが開いた
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