ヴェスペリア連載小説

□プロローグ〜宵の明星
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―世界を巡る旋律



―それは世界を護る為の命の旋律



―満月と明星の命の旋律




*‥*‥*‥*
「これで全部、かな」

リーフはベンチにひとまず置いた大きな紙袋の中身と手にしたメモを照らし合わせる

「よいしょっ…」

一通り確認し終えると両手でそれを抱える
野菜やら調味料の瓶やら色々と入っているので結構ずっしりとくる

ふ、と空を見上げると夕陽が西に沈みかけていた
そろそろ夕飯の支度などで宿はパタパタとしているだろう

早く戻って女将さんの手伝いをしなくては、と足早に歩を進める

「あ…」

しかし、空に浮かぶ一点の光を見つけ、思わず足を止めてしまう


『凛々の明星』だった


それは空で最も強い光を放つ星

幼い頃からあの星を見ていると懐かしいような切ないような
上手く表現は出来ないが、胸が締め付けられるような不思議な感覚を感じる

(凛々の明星…空で大地を見守る、一番の星…)

思考が深くいきかけた時―後ろからこつん、と軽く頭を叩かれる
何事か、と振り向けば見知った人物の姿があった

「ユーリ」
「なに黄昏れてるんだよ。お前には似合わねぇぞ、そういうしおらしいのは」
「ただ今日も凛々の明星が綺麗だなって見てただけ。あと、一言余計」
「凛々の明星、か。お前、昔から好きだよなあの星」
「だってとても綺麗だもの。それにね、憧れなの」
「憧れ…?ああ、確か…前にリーフが話してくれたお伽話に出てきてたよな」
「うん」

リーフは凛々の明星を真っすぐに見て頷いた
その表情は力強い輝きに溢れており、先程の哀愁は感じられなかった

「…そろそろ帰るか」

そう言ってユーリはリーフが抱えていた紙袋をひょいと取り上げ、すたすた歩き出す

リーフはユーリの後ろ姿をじっと見つめる

(広い背中…)

ユーリとリーフは生まれてから一緒にこの下町で育ってきた

笑って、泣いて、怒って
そうして共に日々を過ごしてきた

前は目線を合わす事が出来たのに見上げるようになり
力押しでも勝てた剣が勝てなくなった


同じ早さで一緒に歩いていたのにいつの間にか抜かれ、今ではすっかり大きく開いてしまった

それはまるで一人、おいてきぼりにされたような孤独感

(…って、こんな事考えてる場合じゃなかった)

ぼうっとしてるとまたユーリに馬鹿にされてしまう
リーフは慌てて彼の隣に駆け寄った

「あ、ユーリ。今日の夕飯のデザート抜きね」

にっこり

ユーリをはじめ、誰もが癒される満面の笑みだったが、言い渡されたのは彼にとってある意味死刑宣告だった

「はぁ!?抜きってどういう事だよ?」
「さっき、すっごい失礼な事言ったからに決まってるでしょ。お陰で私の脆いハートは粉々に…」
「…どこが脆いんだか」
「あーあ、今日は私が腕を振るったスペシャルプリンアラモードだったのになー。生クリームたっぷりの。無駄にしちゃうのも勿体ないからテッドにあげちゃおうかなー」
「すみません。調子に乗りすぎました」

プリン、という単語が出てきた瞬間、ユーリは深々と頭を下げて平謝りしてきた

「………………この甘党め。私よりプリンの方が大事なのね」
「当たり前だろ」
「もうっ、ユーリの馬鹿!」

デザートに負けてしまった事が悔しいのかリーフはふいっとそっぽを向く

が、口元は緩んでおり
すぐに許してあげる、とユーリに向き直る

「さ、早く帰りましょ。女将さんに怒られちゃう」
「だな」

夕焼けの空がどんどん黒く染まって、本格的に夜に近付いてきている
このまま話しながらゆっくり歩いていたら確実に遅くなってしまう

「よーし、それじゃあ、宿屋まで競争だぁ!」

リーフはにやり、と不敵な笑みを浮かべ、走り出す

「お前、フライングなんて卑怯だぞ!」
「ふふん、悔しかったら追い付いてみなさーい」
「上等!リーフに負けてたまるかよ」

ユーリは前を走る彼女へ追い付くべく地を蹴った



―ありきたりだが、こんな満たされた日常が続いてほしい



―ずっと貴方の傍で笑って日々を歩んでいけたら


―ずっとお前の傍でその笑顔を見て日々を重ねていけたら




どんなに幸せだろうか―‥






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