ヴェスペリア連載小説

□旋律の力(前編)
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合流したユーリ達は砦を出て、西にある森を目指していた

森を抜ければ砦を通らなくてもハルル方面へ行ける、という話だ

「で、そのギルドの―『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』のカウフマンって人が森の事を教えてくれたのね」
「ああ。けどなんかいわくつきというか、何かお楽しみがあるらしいぜ」

抜けるルートはあるが、誰も通りたがらない

そういう所は怪奇現象があったり、凶暴な魔物が棲み着いてたりと不穏な噂が絶えない

それはもはや一種のお約束とも言ってもいい

「どうせそんなの噂に尾鰭がついただけでたいしたことないでしょ」
「でも、クオイに踏み入る者、その身に呪い、降り懸かる、と本で読んだことが……」

俯き加減でエステルが言う


「ふーん、それがお楽しみってやつね。あ…見えてきたわよ」

まだ昼間だというのに生い茂る木々の葉に覆われ、辺りは薄暗かった

「ここがクオイの森…」
「ちょっと不気味だけど思った程じゃないかも」
「呪い云々はともかく、魔物には気を付けた方がいいかもな」
「うん。用心して進もう」
「ワン!!」

ユーリ達は未知の森に足を踏み入れるが、エステルだけその場から動こうとしなかった

「行かないのか?ま、オレ達はいいけど、フレンはどうすんの?」
「……わかりました。行きましょう!」

エステルはユーリ達を抜かしてずんずん、前へ進んでいった

きりり、と表情を引き締め
背筋をぴん、と伸ばして

強がってはいるが、足が少し震えていた

「すごい獣道…はぐれないように気をつけてね、エステル」
「は、はい」
「疲れたらすぐに言ってね。無理しちゃ駄目だよ?」
「リーフ…ありがとうございます」
「おーい、気遣うのはエステルだけかよ。オレの事もちっとは気にかけてほしいんだけど」
「ワフゥ?」

帝都を出た時から思っていたのだが道行くリーフは常にエステルの隣が定位置となっている

確かにエステルは箱入りお嬢様なので一人にさせると危ないのは分かるが

やたらにエステルばかり気遣うのでユーリはモヤモヤしていた


―いつもはオレの傍にくっついてたくせに


ふて腐れたリーフはラピードの頭を少し乱暴にくしゃくしゃと撫でる

「もう!エステルは女の子なんだからユーリと違って繊細なの!それにユーリはいざとなったら『アレ』があるじゃない。はぐれたらちゃんと謳ってよね」
「げっ」

余程『アレ』とやらが嫌なのか、ユーリは顔を引き攣らせた

「謳う?『アレ』ってなんです?」
「ふふ、それはね…」
「ほら、さっさと行くぞ。このまま日が暮れてこんな所で野宿なんてオレはごめんだぞ」
「あ、待ってください!まだ話の途中なのに…」



そんな会話を時々交わしながらユーリ達は森の中を進んでいく

どのくらい歩いたのだろうか?
そろそろ、森の開けた場所に出てもいい筈なのだが、以前として通り過ぎるのは濃い緑の葉を付けた木々だけ

同じ景色ばかりだと方向感覚を見失いそうになってしまう

始めこそはとして歩いていたが、暗いとどうも平原を歩いていた時と違って気分が落ちていく

木々の隙間から若干、陽の光が差し込んでいるものの、薄暗い事には変わりなかった

(そういえばデイドン砦で会った男の人、不思議な人だったな…)

リーフはふと、砦で出会った男性の事を思い出していた

浮世離れした美しい容姿もさることながら、いきなり抱き締められた、という出来事が記憶に強く残っている

(それに…あの人の言いかけた言葉…)

彼があの時言いかけた言葉がリーフの頭の中で何度も蘇り、ぐるぐる回っていた

『すまない…私はお前の―』


彼は一体何者で、何を知っているのだろうか?

初対面の筈なのに、まるで自分の知らない何かを知っているような…

(どうしてこんなにもあの人の事が気になるんだろう?)

リーフの彼へ対する謎は尽きなかった



*‥*‥*‥*
「で、早速はぐれちゃったみたい、だね」

あはは、と乾いた笑みを浮かべる

考え事をしながら歩いていたので知らぬ間に道から逸れてしまったようだ

きっとユーリに訳を話したら怒られるだろう
それよりもエステルが一人にならなかったのが唯一の救いだ

戦いの心得はあるが、非力な彼女が魔物に囲まれたらひとたまりもないだろう
エステルはどちらかというと治癒術や補助術といった後方支援に秀でてるようだし

「ど、どうしましょう…。このまま一生森から出られないんでしょうか…?」

しん…と静まり返った不気味な森の中、いつ魔物が飛び出してくるか分からない

先程も茂みから狼型のモンスターに不意打ちとばかりに襲い掛かられて咄嗟に剣を振るい、倒したばかりなのだ

恐怖に押し潰されそうな半泣き状態のエステルがリーフの服の裾を掴む

「ユーリにやる気は無し、か。ここは私に任せて」

リーフはごそごそとスカートのポケットからお守りを取り出すと何か謳い始めた




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