ヴェスペリア連載番外小説
□優しさと温もりと
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その夢はいつも途中で醒めてしまって
どんな夢を見ていたのか忘れてしまう
何も覚えていないのに胸が締め付けられるように苦しくて
涙が次から次へと溢れてくる
深い闇の中、孤独に震える
お願い、傍にいて
繋いだ手を離さないで―‥
*‥*‥*‥*
「どうしよう…」
リーフはユーリの部屋の前でうーん…と唸りながら悩んでいた
着ているのは寝巻という、寒さの厳しい冬の下町には薄すぎる格好
何故そんな姿でこんな所にいるかというと理由がある
先程まで眠っていた時の夢見が悪く
自分の部屋に一人でいるのは耐えられなかった
気付いたら足が勝手に宿まで向いていた、という訳だ
「やっぱり…夜中に押しかけたら迷惑、だよね」
何度も扉をノックしようと手を上げたのだが、結局は思い止まって下げてしまう
ただ、彼に会いたい一心でここまで走ってきたが
目が覚めて、冷静になった頭で考えてみると自分の非常識さにうんざりした
こんな真夜中に押しかけてきたって迷惑なだけだ
それに彼はもうとっくに寝ているだろう
やっぱり帰ろう、と来た道を引き返そうとした時―閉ざされていた扉がギィ…と軋んだ音を立てて開いた
「ユーリ…」
「ここまで来て帰るなよ」
「だって、もう寝ちゃったのかと思ったから…」
何となく顔を合わせるのが気まずい
なるべくユーリと目を合わせないようにリーフは下を向く
「一体何年お前の幼なじみしてきたと思ってんだよ?行動パターンなんてお見通しなの」
ユーリはかじかんで真っ赤になってしまったリーフの両手を包み込む
「!!!」
「ほら、いつまでも入んねえからすっかり冷えちまってる」
指先から彼の手の熱がじんわりと広がり、身体のあちこちに伝わる
ただ、手を握られているだけなのにどうしてこんなに身体中が熱くなるのだろう?
「…ユーリはあったかいね」
「リーフ?」
ユーリが手を放した瞬間―リーフはユーリの背中に腕を回し、抱き着く
「ん―…」
心地良くて、胸元にぐりぐりと頭を押し付ける
「ったく、リーフはこういう時はいつになってもガキみたいに甘えん坊だな。普段もこれくらい可愛いげがあるといいんだけど」
ユーリは彼女の行動に驚いた様子もなく、片方の腕を彼女の背中に回し、頭を撫でる
「子供でも…いい…。ユーリにこうしてぎゅってして撫でて…もらえるなら、私は…」
「お前は何でそういう事を平気で…。ったく、人の気も知らねえで…」
「ユーリ…?」
「……そろそろ寝ようぜ。明日、寝坊して起きたのが昼過ぎ、なんてのは嫌だからな」
ユーリは外での会話もほどほどにリーフを部屋に入れてやった
*‥*‥*‥*
狭いベッドの中で身体を寄せ合って二人で横になる
付き合ってもいない若い男女が…と他人からは言われるかもしれないが、小さい頃からよくこうして寝ていたので二人にとってはごく、自然の事だった
「寒くないか?」
「うん、ユーリがあったかいから平気」
「そりゃ、良かった」
ユーリはそう言ってまたリーフの頭をひと撫でした
「リーフ、明日は仕事休みだよな?」
「うん」
「よし、明日はオレとフレンでもからかいに行くか」
「なら、手土産のひとつでも持っていってあげないとね」
「お、何か作んの?」
「リクエストは…って、ユーリに聞くだけ無駄ね」
「そういうこと」
「じゃあ、うんと甘くしてあげるから」
「おう」
「アップルパイ?シュークリーム…いちごのタルトも…いい…かも…」
そんな事を話しているリーフに突然、睡魔が襲う
はじめは瞼が閉じては開けて…の繰り返しで必死に抵抗してたのだが、段々目を開けているだけでも大変になってくる
「今夜はもう寝て明日、考えたらいいんじゃね?」
「ん…そう…する…」
リーフはもぞもぞとユーリの腕の中で寝やすい体勢を取る
「手…」
「ん?」
「手、繋いで…」
と、リーフが手を差し出すとユーリは一瞬頬をかいて何か考え込んでいたが、リーフの要望に応えた
「しょうがねえな…ほら」
「ありがと……」
意識が完全に遠のく前、額に柔らかな感触とユーリの声が聞こえた
何て言っているかよく聞こえなかったが、きっと優しい言葉をかけてくれたに違いない
(やっぱりユーリの傍が一番安心できる…)
甘えん坊、とは言いながらも甘やかしてくれる
何があったか、なんて聞かずに優しく抱き締めてくれる
しょうがない、とぼやきながらもお願いを聞いてくれる
そんな彼だから安心出来る
傍にいたい、と思うのだ
―リーフはその日、朝に目が覚めるまで悪い夢を見る事はなかった
《優しさと温もりと―END》