第1部
□夢と現実と
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キノは知らず内に忽然と姿をくらませたパートナーの行方をエルメスに聞く
『サヤならちょっと行ってくるって…あ、戻ってきた』
人混みの中からこちらへ向かって走ってくるサヤ
両手に何か持っているようだが…?
「急にいなくなっちゃってごめんね。はいっ、キノの分」
息を切らしたサヤは紙コップのような容器をキノに手渡した
「これは…」
容器にこんもりと盛られていたのは真っ赤ないちごシロップがかかったかき氷だった
「冷たくて美味しいよ!キノも溶けない内に早く食べて!」
「あ、ああ…」
細かく削られた冷たい氷が口の中ですっと溶けて喉を滑り込んでいく
暑さに火照った身体に染み渡って何ともいえず心地良い
それにしても…
「サヤ、ちょっとシロップかけ過ぎ」
「えへへ、だってたくさんかけた方が美味しいんだもん。お店の人もいくらかけてもタダだからどうぞって」
『ずるいや二人ばっかりおいしい思いしちゃってさ。食べ歩きもいいけど、僕の整備も忘れないでよね』
「はいはい分かってるよ」
サヤとキノはくすくすと笑ってエルメスのタンクを撫でた
*‥*‥*‥*
幾分か身体に篭った熱が落ち着いたところで、エルメスの要望を聞いてあげるべく、キノとサヤは広場を目指していた
どうやらこの先に行った港側の広場近くに腕の良い技師がいる工房があるらしい
「この串焼き美味しい!」
「うん、これなら何本でもいけそうだ」
『………』
ちなみに情報元は今、二人が食べている魚の串焼きを売っている屋台のおじさんからであった
『ほんと色気より食い気だよねぇ』
エルメスのぼやきは誰の耳にも届く事なく、街の喧騒に掻き消された
「しかし、これがあのクジラの肉なんて信じられないよ。前に食べた時はもっと臭みがあって食べられたものじゃなかったのに」
「クジラって本で見たコトある。こーんなにおっきな魚でしょ」
サヤは両腕を目一杯広げる
『そうそう。サヤみたいな若くて柔らかい人間が好物なんだよ。海で泳ぐ時は気をつけた方がいいかも』
「ええっ!?」
エルメスから告げられた驚愕の真実にサヤはびっくりして串だけになってしまったものをまじまじと見つめた
自分はとんでもないモノを食べてしまったのでは…!?
「こら、あんまりからかうなよ。何でも鵜呑みにしちゃうんだから」
「う、嘘…なの?」
サヤは怖ず怖ずと聞いてくる
「嘘に決まってるじゃないか」
キノは最後の一切れを口に運び、よく噛んで飲み込んだ
*‥*‥*‥*
キノはこれまで多くの港を見てきたが、ここまで活気づき規模の大きい港は初めてだった
「すっごーい!ここが港なんだ。船がいっぱい…」
停泊している多くの船からはたくさんの荷物が次々と忙しく行き交う
「ふわ―…この魚、丸々太ってておっきい」
サヤは釣り上げてきたばかりであろう魚がぎっしり詰められた木箱をしゃがんでじいっと観察し
魚を指先で突いた
刺激された魚はビチッと大きく跳びはねた
「わわっ、このお魚さん、まだこんなに元気だよ!?」
サヤは驚いて後ろに尻餅をついてしまった
「そりゃそうさ、お嬢ちゃん。水揚げされたばかりの魚は鮮度抜群だからね」
漁師のおじさんは苦笑いしながらサヤに手を貸して立たしてやった
その時、軽快な音楽が広場に響き渡る
広場の中心を取り囲むようにあっという間に人だかりができていた
どうやら音楽の中心はあそこみたいだ
「お、始まったな」
『え?大道芸か何か?』
「当たらずとも遠からず、だな。定期的に開かれる有志を募った野外舞台みたいなもんだ。なかでも街の楽団の音楽をバックにしたステラちゃんの踊りは今や街の名物のひとつだ」
「ステラさん?」
「ああ。ステラちゃんは昔から続く老舗の宿屋の一人娘でね、踊りが物凄く上手いんだ」
「へえ、そうなんですかー…」
おじさんの話を聞いていたサヤはよほど見に行きたいのか、そわそわして落ち着きがなかった
「行ってみようか」
「うんっ!」
二人と一台は人混みの一番後ろに並んだ
「あの人がステラさんかな?」
腰くらいまで伸びたさらりとした金色の髪に翡翠色の瞳がよく映え
顔立ちは柔らかで優しげな印象を受ける
輪の中心の踊り手は十代半ばくらい―キノ達とそう歳も変わらないであろう少女だった
奏でられる歌や音楽に合わせて舞う姿は美しく
軽やかにステップを踏むリズム感の良さは観客達の目を惹いた
(すごいなぁ…。私だったら足が縺れちゃいそう)
ぼんやりとそんな事を考えながら見物しているとふ、とステラと目が合った―ような気がした
彼女の瞳はまっすぐでいてどこか悲しみを帯びており―
(…?なん、だろう?何か変な、感じ)
胸の鼓動がドクン、と一瞬だけ高鳴る
サヤはステラの瞳に不思議な感覚を感じたが、特に気に留める事はなかった
「…………」
一曲終え、ステラがお辞儀をすると辺りから盛大な拍手が巻き起こる
『へぇ。たいしたもんだ!こりゃ、プロ顔負けだね』
「名物と言われるだけの事はあるかも。サヤもそう思わないかい?…サヤ?」
またもやサヤの姿がなかった
やけに隣が静かだと思ったら、とキノは肩を竦めた
当の本人は事もあろうか、輪の中心にいた
しかも踊り手の少女の目の前で
「あのっ、私も混ざってもいいですか。歌を謳うのなら得意なんです!」
などと、交渉までしていた
「はあ…」
彼女の思い立ったらすぐに実行に移す、という素晴らしい行動力の強さには感心もするがついていくのが大変である
「どうぞ!大歓迎です」
と、少女は嬉しそうにサヤの手を引いて人の輪の中心へ招き入れた
サヤはお礼を言って少女へ再び何か話し始めた
すると少女が人混みを分けてこちらへ歩いてくるではないか
「お連れの方もよろしければご一緒にどうですか?きっと楽しいですよ」
「いえ、ボクは遠慮しておきます」
折角の誘いだったが、賑やかな場に加わるのは苦手なキノは丁重に断り、見物側にまわる事にした
今度は一番最前列の特等席で