第1部

□紅いはじまり
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「ボクはずっと君に会いたかった。会って話したい事があった。…ボクの話を聞いてくれるね?」

少女は頷いた


キノは少女の傍へ歩み寄るとゆっくりと語りはじめた



*‥*‥*‥*
「そっか…お母さん…死んでしまったのね」

ここに到るまでの一部始終をただ無言で穏やかな表情で聞いていた

そうして聞いている様子は親子なのだろうか、母親と瓜ふたつで

まるで過去のあの時に戻ったような
繰り返しているような

そんな既視感を感じずにはいられなかった

聞き終えた後のそれもまた優しい表情をするものだからキノの胸はずきずきと痛む

―ごめんなさい

あの時と同じように何度も謝るキノにサヤは首を静かに振って小さく微笑む

「…あのね、私を旅に出したのはお母さんなの」

サヤはぽつりと呟くように言った

修業を終え、約束の日になっても兄は迎えに来なかった
きっと遠くまで行っているから戻るのが遅れているのだろうと兄とのめくるめく旅の日々に思いを馳せながら待った

だが、いくら待ってもドアを叩く音はしなかった
期待は不安へと徐々に塗り替えられていき
色が余すところなく染まった時、サヤは故郷の国へ帰った

数年ぶりの我が家
温かく迎えてくれる筈だった母親はサヤを見るなり追い出すかのようにサヤを旅に出したと言う

母親の突然の豹変ぶりに戸惑いながらも彼女は国を出た
帰る場所を失ったサヤには旅しかなかったから

「私は私自身、旅に出たいっていう願望も確かな目的もあった。でも、それは兄さんと果たすべきものでいくら待っても兄さんが帰ってこないんじゃないかって悟った時はお母さんの傍にいてあげたかったんだけど…」

サヤは言い淀んだがしばらくして言葉を続けた

「きっとお母さんには分かってたのかもしれない。支えを失ってしまった今、自分がおかしくなってしまうって。お母さんは私も兄さんも大切にしてくれたから。愛してくれたから」

狂ってしまったらどんな娘に対して危害を加えてしまうかわからない
娘にとっては酷な事かもしれないがこれが母親が下せる最も的確な判断だった
そう、サヤは信じている

「サヤ…」
「定期的に帰ってきては私に旅の話をしてくれた。どれも楽しかったけど私、気付いちゃったの。兄さんはどんなに気に入った国にも深く関わろうとはしなかった。もしも『関わる』としたら覚悟が必要になるから。それこそ、命をかけての。兄さんが死んだのは無駄なんかじゃない。私はあなたに会えてよかった」

凛とした声で長々と語る
だが、そこまでだった

ぼろぼろと大粒の涙を落とし
とめどなく溢れるそれを両手の甲でぐしぐし乱暴に拭う

キノは引き寄せるようにサヤを強く抱きしめた

「ふええぇぇん!………っ、兄さん、お母さん…ふぇ…っく…ひっく…!」

キノの胸に顔を押し付け
しわになってしまうんじゃないか、というくらい彼女のジャケットをぎゅうっと掴み、嗚咽を漏らす


サヤは今まで何があっても涙を流す事はなかった
いつも通り、普通に明るく振る舞ってきた


兄はとうとう帰ってこなかった
約束の日を過ぎてもずっと戻ってこなかった
そして、ある日虫の知らせのように過ぎった予感と後からおとずれた確信

ああ、死んでしまったのね、と悲しみながらもどこか他人事のようだったし

母親の時も泣く事はなかった
泣きたくても何故か涙が出なかったのだ
枯れてしまった泉のように

それはもしかしたらサヤの中でまだはっきりとしていない不確かなものだったから悲しみ中途半端のままだったのかももしれない

だから、当事者であるキノから全てを聞き、真実を受け入れたサヤはようやく本当の意味で悲しみ、泣く事が出来たのだ



*‥*‥*‥*
太陽が真上に昇る頃
二人と一台は花畑に腰を落ち着けて会話を楽しんでいた

二人はお互いの旅の話を語る
面白いかったり、怖かったり内容は様々だった

そしてしばらくそんな話が続いた後でサヤは旅の目的を瞳を輝かせながら語り出した

サヤは歌手になるのが小さい頃からの夢だったらしく
旅をしているのはたくさんの人に歌を聴いてほしいから
箱庭のような国の中で作れる『本当の歌』は限られているし、世界に触れて、その想いを紡いだ方がより、深く心に響く歌を作れるからだそうだ

「最初は兄さんとの約束だったんだけど、今は私は私の想いで旅を続けて歌を謳ってるの」

この先、どんな事があろうともこれだけは揺るがない本当の想いだから忘れないでほしいと少女は言った
キノは力強く頷いた

「実はね、前々からあなたの事は知ってたの。立ち寄った国で噂をたくさん耳にしてたから」

何となく嫌な想像しか浮かばなかったのでどんな噂かはあえて聞かなかった

『やっぱりあの師匠にしてこの弟子あり、だね。ねぇ、教えてよサヤが聞いたキノの悪行の数々!』
「失礼な。ボクは何もしてない」

エルメスを軽く小突いて苦笑いをひとつ

「ふふっ」

そのやりとりを見ていたサヤは楽しそうにくすくす笑う
可愛いと思っていたけど笑うともっとかわいらしい

キノはちょっぴり見とれた

「で、続きなんだけどね。噂で聞いてキノの事、ちょっと気になってたの。兄さんと同じ格好をした同じ名前の人がどんな人なのかって」
『で、本人に会えたご感想は?』

エルメスが聞くとサヤ優しく微笑んで言った

「”キノ“があなたでよかった」
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