第1部

□強さの秘密
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*‥*‥*‥*
太陽が西に傾き、緑が橙色に染まる頃、キノはエルメスを止めた

もうすぐ夜になるから今日はこの辺で野宿をしよう、とキノが言う
サヤは無言のままエルメスから降りて頷くだけだった
表情も無表情とまではいかないが、仏頂面に近い

「…」
『まだ拗ねてるの?根に持つのは良くないよー』
「違う」

しかし、否定とは裏腹に態度は冷たく、サラっとしていた

どこがー?と言うエルメスを無視してサヤは目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた

微かに聞こえる足音と銃器の音
ざっと数えて十人近く
まだ遠いが殺意を感じる

それはサヤ達がエルメスで走っていた時から薄々感じていたものと同じだった

おおよそ気付かれない程度の距離を保って後を尾け、休息に入った所で不意打ちをしようという魂胆だったのだろう

サヤはお約束な展開にうんざりした
今日は色々あって心身共に(特に精神的)疲れたからこのまま休ませて欲しかったのに

「サヤ?どうしたの?」

サヤの様子の変化にキノは首を傾げて聞くが彼女は応えなかった

その代わりにサヤは迫ってくる殺意にどうしたものか、と思案し

「…………」

スカートの中に左手を忍ばせ、潜む金属の柄を握り締め
右手で太股に吊り下げられたパースエイダー『リイン』を手に掛けて囁く

「気をつけて。敵だよ」

サヤが口を開いた
それを聞いたキノも『カノン』の安全装置を外し、きたるべき奇襲に備えた

足音はどんどん近付いてくる
サヤの手の平が緊張でじんわりと汗ばんだ

―射程距離にきた

サヤはぴくっ、と気配に反応するとキノが撃つよりも早く虚空へ向かってナイフを投げた
茂みの奥からうめき声が上がり、地面に乾いた音を立てて転がり落ちた

そこからよろり、と男が姿を現わした
腕には深々とナイフが突き刺さり、鮮血が滴っていた
先程地面に落ちたのは男が持っていたパースエイダーだろう

「まさか感づかれていたとはな。たいしたお嬢ちゃんだ…」

男が力無く言う

「このまま諦めて帰ってください。そうすれば命だけは見逃してあげます」

無駄な殺生はしたくないんです、と後から付け足す
キノもそれに頷く

「諦める?調子に乗るな!」

キノとサヤの態度が男の気に障ったらしい
男は声を荒げ、ナイフを抜いた
それを合図とするように近くで待機していたのであろう野盗の仲間が一斉に出てきた

「ちょっとばかり傷物になるがそれでもお嬢ちゃんは高く売れるだろう。少年には金目の物だけ頂いて死んでもらおうか」
『少年ってキノの事だね。きっと』
「うるさい」

キノはエルメスのタンクをグーで叩く
隣でサヤがはー、とため息をついた
そして『リイン』を抜く

キノ助太刀すべく『カノン』を構え、狙いを定めようとした瞬間

野盗の一人が断末魔を上げて胸から血を流して倒れた
そうしているうちにまた一人と倒れていく

キノが見たのは目にも留まらぬ速さで野盗達を撃ち抜くサヤの姿だった
一撃を確実に急所へ命中させており、動作に無駄が無い

キノは神業とも言える射撃を見ているだけしか出来なかった
下手に手出しをしてはかえって邪魔になるだけだと

「…ふうっ」

サヤは額に滲んだ汗を拭って軽く息をついた

「数が多ければいいってものじゃないのに。もう、やんなっちゃう」

そして拗ねた時と変わらぬ、かわいらしい口調で言う

あれだけの事をして、あれだけの数を相手にしてそんな何事もなかったような顔でかわいらしく言っても…

キノは非常にツッコミたくなった

やはり、あの『キノ』の妹だけあって不思議な人物だ

『サヤってさ、実はめちゃくちゃ強い?』
「だから言ったでしょ!強いって」

えっへん、と腰を両手に当てて自慢げに言った

確かに本人の言う通り強い
というか、感の鋭さではキノより優れているかもしれない

実戦を以って証明されてしまってはもうからかう事など出来なかった

「それにみっちりと師匠に叩き込まれましたから」
「師匠!?」

サヤの口から出た名前にキノは思わず反応を示す

「サヤ、師匠って…」
「師匠は師匠だよ。それしか知らないもん」
「もしかしてボクの前に師匠の所で修行してた女の子って…サヤ?」

あの師匠に指南してもらえば嫌でも強くなるというものだ
それにサヤの戦闘能力の高さも納得できる

「キノの事だからもう気付いてるのかと思ってた!」
意外、といったふうにサヤが目をぱちくりさせる

「私はキノが師匠の弟子だって気付いてたよ。だって『カノン』を持っているのは師匠だけだもの」

四十四口径のハンドパースエイダーが収められたホルスターを指す

「師匠は前にボクと同い年くらいの女の子がいたって事しか教えてくれなかったし、そんなに興味もなかったし…」

そこでキノは言葉を濁す
サヤがふーん、と言いたげな膨れっ面を顔をしたからだ

「じゃあ、今は?」

ひょこっとキノを覗き込む
期待と不安が入り混じったような顔

「とても興味がある。君の話をもっと聞かせて欲しい」

キノの返答がお気に召したのか、サヤは嬉しそうにキノの周りを跳ねた



*‥*‥*‥*
盗賊に襲われた場所から少し離れた場所にキノ達は移動し

じゃあ、気を取り直して野宿の準備をしながらのんびり話でもしよっか、とサヤは言う
キノは同意し、鞄から出した薪拾い用の手袋をはめた

サヤは荷物をあさりながら無邪気な笑顔でエルメスと楽しそうに会話をしていた

(子供なんだか、大人なんだか)

それはキノ自身にも言える事だったが、サヤは特にだ
はしゃぐばかりかと思えばいち早く野盗の気配を察知し、あんな真剣な顔になる

激しいギャップにキノは強く惹かれるのを感じた



「聞こうと思っていたんだけど、君もパースエイダーの有段者なんだろ?一体何段なの?」

サヤはんー、と思い出すように口元に人差し指を添えた

―そして、エルメスとキノの驚きによる叫びが森の木々にこだました

「私のパースエイダー段位?九段の赤帯だよ」



《強さの秘密―END》
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