─記憶を思い出したのは唐突だった。─ 初めはふとした違和感だった。初めて見たはずの場所や親しい人からの言葉に近視感を感じたり、その程度の事。 以前に見聞きしたものを当て嵌めているだけだと思っていた。 しかし、その違和感が確証に変わったのは手習いをサボって神社に植えられている木の上で昼寝をした時からだった。 人が昼寝に勤しんでるって言うのに人の下でギャーギャーわめいてる奴等がいた。 騒ぐなら他所でやって欲しいと思いつつ、視線を向けると多勢に無勢、どう見ても年上が徒党を組んで虐めている様にしか見えなかった。 相手は二人。やれ下級武士の息子の分際でとか、やれ無償で授業を受けているのが気に食わないだとか下らない理由で。 いい加減イラついてきたので持っていた刀を鞘から抜いて、そいつ等に一応当たらないように投げつけて動きを止めてしまった。 普段なら不快には思えど手を出すまではしないのに、その時は何故か首を突っ込んでしまったのだ。 結果、松陽に見つかって拳骨…いや、あれは拳骨じゃない。平手打ちで頭を殴られたはずなのに何で拳骨と同じ威力なんだろうか? 拳骨もどきをもらうときいつも思うのだった。 次の日、その時にいた二人の内の一人が松陽の開いている塾の道場へ来た。 短髪のきれいな黒髪の…自分とは正反対の色の髪の奴だ。後で松陽に聞いたら『鴉の濡れ羽色』だと教えてもらった。 たしかにそんな色だった。 何をしに来たのか聞いたら『道場破り』と返してきたので、返り討ちにしてやった。ら、その日は松陽に手当てを受けて帰ったのにまた次の日もそのまた次の日もそいつは来た。 自分に勝つまで何度でも挑む、そう言われた。そう言った相手の目線に、身体が動かなくなった。 頭の中にそれまでの、松陽に拾われた後からの記憶以外の記憶がなだれ込んできたからだった。 その日の試合はなんとか勝った。でも、頭の中の記憶は混乱していた。 |