ほのぼの/夏野



【つれない貴方に感謝を込めて】





「ありがとう」
「…は?」


夏野と一緒に下校道を歩いていて私が突然言ったものだから彼は立ち止まった。


「なんでいきなりそんなこと言うんだよ」
「うん…夏野を見てたら急にそう思って」


斜め後ろから彼の背中を見つめていたら自然と出てしまった言葉がそれだったのだ。
人が眠いときに欠伸をするような、それか疲れたときにため息を漏らすような生理的な行動と同じ感覚で。
自分でもよく理由が分からないので首を傾げる。


「放課後に図書館に連れてってくれたからかな?」
「居残って勉強するから先帰れって言ったのについてくるって言ったからだろ」
「な、なら課題手伝ってくれたから!」
「問題に詰まって集中力切れて俺にちょっかいかけてきそうだったから教えただけ」


理由を挙げているのにまるでそれを否定するかのように言われて困ってしまう。
そんな言い方じゃ迷惑みたい…いや実際に迷惑かけているのか。


「迷惑かけてすいませんでしたねー」


嫌味ったらしく語尾を伸ばして言うと、肘で小突かれた。
なんで小突かれる必要があるんだと思って顔を向けると夏野は珍しく笑っていた。


「そんな奴とわざわざ帰るかよ」


ああ、あの台詞を聞いた時にもそうやって素直に笑ってくれれば可愛いげあるのに。
それを言ったら今度は小突く程度では済まされないだろうから飲み込んでおいた。

夏野は本当に素直じゃない。
真剣に感謝の言葉を口にしても受け取ろうとはしない。
それはそれは自分は感謝される筋合いなど無いとでも言っているかのように。


「優しい優しい結城くんがいて私は幸せ者だなあ」
「本当にそう思ってるのかよ」
「思ってる思ってる」
「その割りには棒読みだけど?」
「すぅー……っごく思ってますよ」


だからふざけ半分で言わないと受け取ってはくれない。
全て本心なんだけどな。
こうして茶化し合いながら下校するのもあと何回残されているのだろう。
普通に考えれば高校生活は三年間あるのだから、何十回も何百回もこの下校道を歩くはずだけど。
今年の夏はどこかおかしい。
何かが少しずつ壊れている気がしてならない。
そんな確証はどこにもないのだけれど、その雰囲気に呑まれてふと考えてしまうのだ。

あと何回…夏野と共にこの道を歩けるのだろうと。


「家の近くまで送ってくれる夏野くんには感謝していますよ」


その気持ちを紛らすようにまたふざけ半分で言ってやった。
けれど不思議な間が空いて夏野の顔を覗きこんでみたら、彼は。
どこか寂しげで、どこか儚げに笑っていたのだ。
夏野の背後の向こうには山の間へ沈んでいく陽光が一日の最後の輝きを放っているのが更に私の中の不安を煽り、何かを言い出そうとしたけれど次の瞬間にはいつもの調子で頭に手を置かれて撫でられた。


「お前が寄り道しないように見張ってるだけだから」
「小学生じゃあるまいし…」


何かを言うチャンスを逃してたのと小学生扱いされたことに対して口を尖らす。
そうこうしている内に家の近くまで来てしまう。


「じゃあ気をつけて」
「うん。夏野もね」


あの表情にどんな意味があったのか今の私には分からない。
暗くなりはじめた帰路へ吸い込まれていく背中を見つめているとまたあの言葉が込み上げてきた。
もう一度だけ、叫ぶように。


「ありがと!」


夏野は振り向きもしなかったけれど、右手を挙げてひらひらと振ってくれたところを見るときっと彼には届いたのだろう。








【end】
久しぶりの夏野くんはどこかつれない彼になってました。


何かありましたらこちらにどうぞ!



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