刹那の夢幻

□Bonnie Butterfly
1ページ/3ページ




―キミは僕だけの花に
なって咲いていて。
零れてく蜜のような
愛をもっと
感情でずっと 
キミをもっと感じたい― 





光々と照り輝く
月が闇夜に浮かぶ夜。

鈴虫やら蛩(こおろぎ)やらが、心地よい響きを鳴らしているなか、異類の者と思われる美しい男が酒を嗜んでいた。



彼の名は殺生丸。





戦国一の大妖怪と呼ばれる殺生丸は、父のものであった西国の屋敷を伝領し、その当主となっているのだ。

ここは屋敷の西に位置する、廂(ひさし)の間。 

平安貴族の住まうような優美な佇まいの中にある、ひっそりとした簡素な庭が、彼の父と母はお気に入りだった。


彼の母は風流心とは無縁だとみなされがちであるが、父亡き後、この屋敷で一番の「好き者」は彼女なのである。




『この心地よい虫たちの音でも聞いて、好き心でも養え。
こんな情を解さぬ朴念仁が、この犬一族の当主だとは情けなくて顔向けできぬわ。』





そう言われて仕方なしにここにいるわけで…。



"全く、母上も余計なことをなさる。"


そう思いつつ、ぐいっと盃の酒を飲み干した、ちょうどその時..



「殺生丸様、お酒を注げに参りました。」



几帳の向こうに
美しい娘がいた。


りんだ。




しずしずと上品に歩く様は良家の姫君そのもの。
緋に虹色の蝶があしらってある打掛を身に纏い、髪には翡翠の簪をつけている。




"よくぞここまで美しくなったものだ..."


と、彼は今や自分の妻となったりんを感慨深い目で魅入っていた。




「殺生丸様、そんなにじろじろみないで。
恥ずかしい...」




「いや、お前があまりにも美しくなったのでな。
最初出会った頃は、ただの小娘だったのに...
本当に綺麗だ...」




「そんなこと...。」




りんは頬を真っ赤にして、口籠もりながら、酒を注ぐ。


ただの惚れ気であるが、
殺生丸にとって、りんは自慢の妻なのである。

愛嬌ある性格、美しく可憐な容姿、特にその笑顔はまるで花がほころぶようだ。


どうにかしてしまいたい。逃げて堕ちていきたい。





"とことんこの殺生丸も堕ちたものだな。" 




自嘲気味にそう思う。


いや、ちがう。



これは心地よい
堕落なのだ。




殺生丸は不意にりんの手を捕らえて、自らのほうに引き寄せた。



「きゃっ…―。」



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ