キリリクss

□Open the door…
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「あ…」


残暑厳しい昼下がり。
磯前は喫茶店の喫煙席に着いて早速、煙草を吸うおうとジッポを取り出して、思わず声を上げて固まった。


「俺としたことが間違えたか…」


良く似た質感と重量。けれども明らかに自分の物ではないそれを手で玩びながら、磯前は「俺もとうとう年か?」と溜息と苦笑を交えてぼやいた。
ジッポの底面を見ればご丁寧に「○○第三スタジオ、備品」と書かれた小さなテプラが張ってある。
そこは昨日、磯前が2時間のサスペンスドラマの撮影で訪れたスタジオだった。
確かに小道具にこんなジッポがあった記憶がある。
直前のシーンで共演者の一人が台詞ミスに嵌って、時間が押し、スタンバっていた磯前は手持ち無沙汰に近くにあったこのジッポを何とはなしに触っていた。
ようやく出番が来たときには、あまりにもしっくりときていたせいか、ついいつもの癖で懐に仕舞ってしまった。
撮影終了後に着替えた時も、何の違和感もなく自分のものだと思い込んで持ち帰ってしまったらしい。
また今度スタジオに行った時に返そうかとも思ったが、しばらく撮影に行きそうもなかった。
磯前は舌打ちして運ばれたアイスコーヒーをひとまず飲み干してから、伝票を握り締めて席を立った。





そう遠くないスタジオだったからこそ「返しに行くか」という気になれたというもの。
電車を二度乗り換えて、磯前は郊外に建つスタジオ前に来ていた。
入り口の顔馴染みの守衛に声を掛け、入店証を貰って中に入った。




第三スタジオ付近まで来て、磯前はふいに足を止めた。
入り口直前にある右折通路の先から何か物音が聞こえた気がしたからだった。


「守衛の話じゃ、今日はこっちのスタジオは使われてねぇはずだが…」


訝しく思った磯前は少し様子を見るつもりで通路を曲がった。
この先にあるのは大道具・小道具を管理する部屋が各々に分かれて二部屋、後は小さな給湯室とメイク室が並んでいるだけ。
磯前は給湯室を覘いてみたが誰もいなかった。
ついでに隣接するメイク室に行ってみたが結果は同じだった。


「やっぱり気のせいか…」


そう思って引き返そうとしたとき、すぐ傍の小道具部屋から物音がした。


「誰か居るのか?」


警戒心を露わに磯前がドアノブに手を掛けた。





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