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□Promised Day
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Promised Day




日織の城で暮らすようになってから幾日かが過ぎた



「日織?」



僕が呼ぶと日織は



「どうしました、和さん」



いつの間にか背後に立ってて穏やかに笑っている



「あ、うん…
あのね、書斎の本なんだけど」


「ああ、あれですか。
好きなものを勝手に読んで下さって構いませんよ。
後で元の場所に戻してさえくれれば別にどこで読んでも良いですし」


「うん、ありがとう。
じゃお言葉に甘えて…」


「でも、寝室はダメですよ?」


「う…」





何故か寝室に本を持ち込むことだけは日織は許してくれない


僕としてはあの広くてフカフカのベッドで寝そべりながら読書できたら最高に気持ち良いだろうな…って思うんだけど



「どうしても?」


ダメだと分かっていてもつい上目遣いでお願いをしてみる

こうすると何故か大概の事は顔に手を当てながら日織は許してくれるから

でも、答えは…



「すみませんが、それだけはダメです」



やっぱり…



「うん、分かったよ。じゃ暖炉のある部屋で読むよ」


「すみませんね、後で暖かい飲み物でも持って行きますから」


「ありがと、日織」




まぁ、あのゆらゆらと揺れる安楽椅子も僕はお気に入りだから別に良いんだけどさ…

でも、何で寝室だけはダメなんだろう?















コンコン…





ギィ…






「和さん、飲み物をお持ちしましたよ」



部屋に入ると暖炉で薪がパチパチと音を立てて爆ぜている

毛布に包まりながら我が主は本を開いたまま固まって寝息を立てていた




「仕方のないお人で…」



持参してきたココアはテーブルの上に置いて、危ないからと眼鏡をそっと外してやる



「んっ…」



少し身じろぎはするものの目覚めの気配はない




ここに来て以来、主はずっと篭りっ放しだ

元々あまり出歩く習慣はなかったようだけれど、それでも城の外はおろか、部屋だって寝室と書斎、食堂くらいしか出歩こうとはしない



そっと前髪をかき分ける

幼い顔をした少年とも青年ともいえない

無垢で安らかな寝顔




そっと頬に触れる

わずかに身体を震える





「すみません、俺が触れると冷たいですよね…」



申し訳ないような…
でもそれ以上に哀しい気持ちが生まれる




自分の身体では何のぬくもりも与えられない

もう遠の昔にこの身体は生きることを止めている

ただ、存在するだけの形

そんな異形の身に成り下がっても唯一の望みは叶わない





「ねぇ、和さん…
お願いですから、あんたが消える前に俺を消して下さいね」




俺はもう嫌なんです

誰かを見送るのは…

もう自分だけが取り残されるのは…











目が覚めると暖炉の前じゃなくて寝室のベッドの上に横になっていた


何で?と考えなくても分かる

こんな事をしてくれるのは



「日織…」



彼しか居ない



「和さん、お目覚めですか?」




案の定、すぐそばに居てくれる





「僕、寝ちゃったんだね」


「ええ、そりゃもう気持ちよさそうに寝てましたよ」


「ありがと、日織」


「何がですか?」


「僕を運んでくれたんだろ、ここまで」


「いいんですよ、和さん。
それは俺が…」


「うん、僕と一緒に居たかっただけ…なんでしょ?」


「……。」


「あれ?違った?
いっつもそう言うから今回もそう言うと思ったんだけど…」


「あ、いや。間違ってはいませんけど…」


「ああ、日織でもそんな顔するんだね」


「え、俺がどんな顔を…?」


「驚いた顔。
あと、何気に照れた感じの顔」


「は?」


「ふふ、そういうちょっと間の抜けた表情もちゃんと出来るんだね」




我が主はとても愉快そうに笑っている



「な、何がそんなに面白いんですかね?」


「ううん、面白いんじゃなくて嬉しいんだよ?」


「嬉しい?」


「そ、嬉しいんだ。
だって、日織が悩んだり苦しんだり困ったり、あと哀しそうな表情以外のを見せてくれたんだもん」


「……。」


「今みたいに感情を露にした表情、今日、やっと見せてくれたよ」


「俺は…」


「いいよ、無理しなくて。
日織は僕と同じで…ううん、僕よりもずっと長い時間を独りで過ごしたんでしょ?
感情を出すことなんてあんまりなかったでしょ?
だから少しずつで良いんだ。
いろんな日織を僕に見せて?
僕も、まだ少し慣れなくて緊張しちゃってるけど、それでも少しずつ打ち解けていろんな僕を日織に知ってもらいたいから…」


「和さん…」





手が触れた

彼の手はとても暖かい

自分のものとは違って…







とても暖かい









「日織はここいるよ?
ちゃんと僕と一緒に居るよ?
日織の温もりだって…ちゃんと僕には伝わってるからね」


「…っ!」






何一つ生み出せない体…

そのはずなのに…




「日織の心が僕を温かくしてくれるんだよ?」



和さん…



「心があるのは生きてる証拠だよ?」




和さん…





「僕たちはずっとここで生きていくんだよ?
もう日織は独りじゃないからね…

僕がいるからね」







その昔、誰かに言われた気がする






『お前は独りじゃない




ありのままのお前を受け入れてくれるヤツが必ず現れる





だから…






それまで…








しばしの別れだ』













別れは新しい出逢いのためにあるのだと、その人は教えてくれた

その人とはもう再会することはないだろうけど、でも…


あの時、確かに約束したんだ







『あなたのように全てを受け入れてくれる人が現れるまで…



俺は生きます





あなたの分まで…





必ず…生き続けます……』











それは、もう遠い遠い昔話



それでも、俺はその御伽噺のような出逢いを夢見て今日まで生きてこれたんだ…








「和さん、俺も色々な和さんが見たいです。
そして、知りたいです…」


「うん…」




和さんの手が俺の頬に触れる

その手に自分の手を重ねて頬を摺り寄せる





絡む視線に任せてその小さな身体を抱きしめる


今日はこのまま身を休めよう…





眠るときも片時も離れず、ずっと傍に居て…

ほかの事など一切、考えないで…


俺のことだけ感じて、考えていて下さい…






そんな我侭をいつか口に出せたら、どんなに良いだろう

いや、意外に察しのいい主はもう俺のそんな願望に気づいているのかもしれない




寝室に持ち込ませない本

いつも主の気配を探ってしまう妄執にもにた想い




だから、彼はこの城から一歩も出ずに、俺の傍から離れないよう過ごしてくれているのかもしれない



俺のこんな浅ましい想いも全部受け止めて…




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