雨の白玉(短編小説置き場)
□雪解けの日
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「でね…、その時壮一郎くんが…」
いつものように嬉しそうに話す和さんに俺は頷いておかわりのお茶を煎れる。
壮一郎くんが…
壮一郎くんに…
壮一郎くんの…
壮一郎くんて…
それは、あの館で出会ってからずっと繰り返しこの人から聞かされてきた名前。
その名前を呟くとき、本当に嬉しそうに。
花が咲くように顔を綻ばせるのだ。
たった1人、俺ではない彼を追い続ける和さんを、ずっと傍で見守り続けてきた。
これまでも。これからも。
俺と和さんの関係が変わることはないだろう。
和さんと成瀬さんが互いを意識し合っているのは、分かりすぎる程目に見えていて。
知らぬは当人ばかりなり。
それでも、当人である和さんにとっちゃあ、毎日が一喜一憂。
それとなく相談に乗った俺には包み隠さず心を開いて話してくれる。
この笑顔がどうか曇らないように。
それだけをただ願って、俺は和さんに湯飲みを差し出した。