雨の白玉(短編小説置き場)
□雪解けの日
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「それにしても…。てめぇの惚れた相手の恋の相談とは…。
つまらねぇことをいつまでも続けてるじゃねぇか」
「そりゃあ随分なお言葉ですねぇ」
師走に入った頃、久し振りに旦那と酒を飲み交わした。
場所はいつも通り、馴染みの小料理屋。
小さな店にはカウンターだけが並び、その内側で無口な親父さんがつつく鍋からはおでんの湯気がいい匂いを漂わせている。
「俺は和さんが笑っていてくれるなら、それでいいんです」
「はん…、酔狂なこったな」
お猪口に熱燗を注ぐと、旦那は横目でジロリと俺を睨んだままグイと飲み干した。
「だいたいお前…、あの執事にだって何ヘラヘラしてんだよ」
「今日はやけに絡みますねぇ。成瀬さんは何も悪くねぇでしょうに…」
「うるせぇ…。俺はな、てめぇだけ全部我慢して、背負い込んで…
それで両方共にいい顔しようだなんて、てめぇの虫が良すぎるところが気に食わねぇんだよ…」
「はいはい。すみませんねぇ…」
「何謝ってんだ。情けねぇツラすんじゃねぇ」
「もう旦那…、今日は飲み過ぎですって。女将さん、すみませんお勘定を…」
「おい、話はまだ終わっちゃ…」
「あら、珍しい…。磯前さん今日は随分と酔ってらっしゃるのね」
「騒がしくてすみませんねぇ…」
「いいのよ、どうせいつもの見知った顔ばかりなんだから。しばらく休むんなら上、使っていきなさいよ」
ここの2階は空き家になっていて、酔いつぶれた客が休んでいく為にと、常に布団が用意されている。
「何から何まですいませんね」
「うふふ…。磯前さんじゃないけど、謝りすぎよ日織くん」
女将は困った笑顔で首を傾げると、勘定を済ませた俺達を送り出した。
俺は再度、女将と親父さんに頭を下げて暖簾をくぐった。
はあ、と息を吐くと酒くさい靄が白く舞い上がっていった。