雨の名月(分岐ss置き場)

□電影雨格子
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「はぁ…」

幾度目かの溜息を吐いて一柳和は家路を歩いていた。



「本当なら今頃はペンションで長期アルバイトしてるはずだったのに…」


そう一人ゴチる。
和が言う様に本来なら、今頃は事前に応募していたペンションに泊まり込みの長期アルバイトをしているはずだった。
しかし、その予定が大幅に狂ったのは、つい先日の事。



pipipi…

「はい、一柳です」
『ああ、一柳くん?』


相手はアルバイト先のオーナーだった。


「あ、お早うございます。オーナー」
「お早う。一柳くんさ…今何処に居るかな?」
「え?僕ですか?
今からそちらに向かう所だったんですけど…」
「って事はまだ自宅?」
「まぁ、そうですが…」
「それなら良かった〜。
君には悪いけど今回のバイトなくなったから」
「はぁ…って、え?」
「いやぁ、悪いとは思うんだけどね。うち今、人を雇ってられる状況じゃなくなってね…」
「えっ、そんな…」
「ペンションさ、全焼しちゃったんだよね…」
「は?えっ?ぜ、全焼…ですか?」
「そ、全焼。保険に入ってるって言ってもね…流石にキツい状況でね。
分かってくれるよね?」


この状況で「はい」以外の返事が出来る人なんて、居るんだろうか…



結局、長期のバイトを諦めて短気でもいから、と探している所に先輩から声が掛かって時給1000円の家庭教師の仕事を紹介してもらえる事になった。


しかし…


「一柳、今日の飲み会あるんだけどさ、人数足りなくて困ってんだよ。
お前、悪いけど来てくれない?」


バイトを斡旋してくれる先輩からの頼みで、借りがある分、断る事も出来ず1次会だけの約束で参加するはめになった。

で…

今時、酒が飲めない…なんて言うのは冗談にしか思われなくて、煽りで飲まされたビール1杯でグルグルに頭が回ってしまった。

それを面白がる女子は居ても真剣に心配してくれる女子はいない。
先輩も友人も、笑いのネタにするだけで気遣ってくれる様子もない。


ヒドく自分が惨めに思えて、気分が悪くなって吐くふりをして席を立つ。

特に気にとめられる様子もなかったので、このまま帰ろうと店を出た。


(今日の会費として最初に5000円渡したし…良いよね…)








pipipi…



帰り道に携帯が鳴る。
ディスプレイには先輩の名前。
先に帰った事を咎められるのかと内心ビクビクしながら電話に出る。


「はい、一柳です」

向こうはまだお店に居るのか賑やかなノイズが交ざって声が聞えない。


「お前、勝手に帰るなんて薄情じゃね?」
「あ…すみません。気分が悪くて……」
「まぁ良いけどさ。あ、でさ〜お前に紹介するはずだったのに家庭教師のバイトなんだけど…」

まさか…
嫌な予感が胸に広がる。


「ユミちゃんが今月の支払い大変らしいんだよな。
お前は男だしその気になれば肉体労働でも何でも出来るじゃん?」

まずい、この流れは確実に…

「せんぱ…」

「だから家庭教師のバイトさ、譲ってやってくんない?」


……。
もう最悪だ。

僕だってバイトしなきゃ生活大変なのに…
今日だって先輩がバイト紹介してくれたから、って理由で参加したのに…

「ごめんね、一柳くん。あたしが…」


電話口に出たのは可愛らしい女の子の声。

彼女の都合なんて僕には関係ない!
けど、今、僕がここでこのバイトは譲れません…と言えば確実に酷い男扱いで、皆に攻め立てられるのは分かってる。
で、多分、このユミとか言う女の子を落としたい先輩は僕を悪者にして、バイトを彼女に紹介して更に恋人のポジションも狙うつもりなんだろう…

もし僕がここで良いですよ、と言ったら単に心にもない謝罪と御礼の言葉を貰うんだろう。
この場合、僕の意思で譲った事になるから、あとで文句を言う事も出来やしない。
言ったところで「じゃ、最初に聞いた時に断れば良かっただろ?」なんて返されるのが容易に想像出来る。


ここまでの思考が一気に巡って陰鬱な気分になる。

相変わらず電話の向こうは煩いし…
もういいや…


「分かりました。今回のバイトは僕、遠慮しますからユミさんがして下さい。もう用件ないですよね?それじゃ、僕これから地下鉄に乗るので失礼します」


耳から携帯を話して切る。







終電間近の電車の中、適度な冷気と揺れと慣れないアルコールで眠気に誘われる。






ハッと目が覚めれば終着駅で、自分が寝過ごしたことに気付く。
慌てて飛び降りて戻ろうとして気付く。


「あれ?財布が…」






慌てて電車内に戻ってみると座席に財布が落ちていた。


「良かった、あった…」
と手にしてみればやけに軽い。


「もしかして…」
慌てて確認してみれば、すっかりと中身を抜き取られていることが分かった。

その他カードの類は無事だったが、それでもダメージは大きい。





「どうして僕だけ、こんな目に…」





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