キリリクss
□鏡花の契り
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トゥルルル、トゥルルル…
何度目かのコールでガチャリと受話器を取る音がした。
『はい、高遠です』
「あ、日織か?」
『あぁ、壮さんですかぃ?
珍しいですね、こんな時間に電話してくるなんて。
どうしたんです?』
言われて時計を見る。
時間は午後11時を過ぎる頃。
確かにいつもなら遠慮して掛けない時間だった。
「悪い…迷惑だったか?」
『何、馬鹿な事言ってんですか?
こちとら毎日、いつでも壮さんの声を聞きたいと思ってますよ』
「そっか…何か照れる」
『電話越しでそんな可愛い事言わないで下さいよ…
抱き締めたくなるじゃねぇですか』
「な…何言ってやがる。和とかなら分かるけど、俺のどこをどうしたら『可愛い』なんて形容詞が出てくるんだよ」
『その必死に照れ隠ししてる所が可愛い所ですよ』
「……馬鹿……」
電話の向うで日織がご満悦な顔で忍び笑いしている姿が目に浮かぶ。
『で、一体どういったご用件で?』
「あ、そうそう。俺さ今度2時間の時代劇に出るんだ。新選組の末端浪人の役なんだけど…」
『あ…』
「ん?どうした、日織」
『それ、俺も出るんですよ。
浪士に斬られる役で』
「マジで?」
『えぇ、本当ですよ』
「初だな」
『えぇ、初共演ですね』
「へへっ、お互い名前のない端役だけど、頑張ろうぜ」
『頑張りましょうね。でも壮さんはいつも現代物ばかりなのに珍しいですね』
「あぁ、事務所が若いうちは色んな役に挑戦しろって薦めてくれたんだ」
『そうだったんですか。でも、時代物っていうからには着物で動きますから、何かと勝手が違いますよ。
俺でよければ微力ながらアドバイスしますよ』
「本当か?」
『壮さんに嘘は吐きませんよ』
「…他には嘘吐いてんのか?」
『何、勘繰ってです?やだなぁ。
浮気はしてませんよ?
俺は、壮さんにどっぷり溺れてんですから。
身も心も…ね』
「勘繰ってなんか…ない…」
『愛してますよ、壮さん』
「……。俺、どうしたら良い?」
『壮さんも俺に溺れて下さい』
「っ!…馬鹿、絶対俺の反応で遊んでんだろ?」
『心外ですねぇ』
(いっつも飄々とした顔してるくせに、信じれるか!)
どんなに甘い声で囁かれても、どんなにとけあっている時でも、日織の心の底は計り知れない…
それが壮一郎の不安の種だった。
(沈んでる場合じゃないか…)
「あ、そうだ。明後日の金曜日の夜、空いてないか?」
『ちょっと待って下せぇよ』
受話器を置いて、ガサガサと物音がする。
『お待たせしました。空いてますよ』
「じゃその日会えるか?」
『勿論でさぁ』
「じゃ、その時に俺に着物の裾捌きとか殺陣とか教えてくれないか?」
『……。』
「日織…?やっぱ無理?」
『いいえ、すみません。ちょっと嬉しくて反応が遅れちまいました』
「へっ?」
『俺が壮さんの役に立てる事と、壮さんの新選組姿が見れるのが嬉しくて…』
「じゃあ、引き受けてくれんのか?」
『勿論ですよ。殺陣の練習するなら、ちょっとした稽古場借りときますから』
「サンキュー!すんげぇ嬉しい」
『俺もです』
「じゃあ、明後日の金曜の夜、いつもの駅前で待合わせで良いか?」
『はい』
「えっと…じゃあ時間は午後8時で良いか?」
『その時間でしたら大丈夫ですよ。
ご飯は食べてきますか?
予定がないなら飯、一緒に如何です?』
「一緒が良い!」
電話の向うで笑い声がする…
(露骨に喜び過ぎた…)
『それじゃ金曜の夜8時に…』
「じゃ…あ、あと…」
『?』
「次の日、オフだから泊まっていけるから…じゃあな、おやすみ…」
それだけ一気にまくし立てて電話を切る。
『ガチャン…ツー、ツー』
勢いよく電話の切れる音がする。
今頃、電話の向うで真っ赤になっているであろう愛しき君の姿を思い浮かべて、日織は微笑む。