キリリクss

□『椿姫(つばき)』
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「君は一体…、何故こんな処に居続けるんだ」





その言葉に顔を背けた。






「貴方には関係のないことです…。帰ってください、此所は貴方には用のない場所でしょう」





冷たく突き放す言葉にも動じることはない。

その態度に余計苛立ちが募った。





「椿姫(つばき)…。君は…」







振り返ると…意地悪く、冷たい花のように微笑んでみせる。





「そるとも少尉…、貴方も僕を買いますか?お客として…」





「そうではない!私は…!」






荒げられた声に、一言だけ、突き刺す。






「ならば、お引取りを」












「はい!そこまで!!」



その声に、場の空気が一気に弛んだ。



「成瀬くん、お疲れ様!今日はもう上がっていいよ!」







「はい!お疲れ様でしたーっ!!」







壮一郎は大きな声で挨拶をして、部屋の隅に置いてある荷物の中からタオルを取り出して汗を拭いた。







ここは都内のスタジオ。







帽子屋である光谷からのオファーを受けて、壮一郎は初の舞台を踏むこととなり、現在稽古の真っ最中だ。






壮一郎をイメージして書かれた脚本『椿姫(つばき)』の主演を務めるプレッシャーと闘いながら、毎日稽古に励んでいる。









タオルで汗を拭くと、ペットボトルの水を口に含む。






一息ついて座り込んでいると、相手役の光谷が舞台監督と何やら相談しているのが目に入った。







同じ内容でも、基礎体力のついている光谷は平然と稽古をこなしている。




舞台は体力が命。



TVの演技の仕方とも違い、戸惑うことも多かった。









…やっぱり自分は、まだまだだ。





言い様のない焦りがチリチリと内側から込み上げる。










「壮一郎くん、ちょっといいかな?」




「お、おう…。筋肉、どうした?」






打ち合わせを終えた光谷が近付いて来た。




あの事件以来、特別な関係になった2人だったが、身体を重ねたのは館にいる間だけだった。

オファーを引き受けた日に光谷のマンションの鍵を貰ったにも関わらず、肝心の住所を聞いていない。

それどころか、すぐに稽古が始まってしまい二人でゆっくり話す時間もなかった。







「監督と話してたんだけどね…壮一郎くん、しばらく僕の家で合宿しない?」






「合宿?」







「うん。これから壮一郎くんに必要な体力と表現力を僕が自宅で指導するよ」






「トレーナー兼演技指導ってわけか…」








自分の力量不足は痛い程感じていた。

しかし、自分のせいで舞台の評判を落とすわけにはいかない。







「こっちから、頼む。今日から行く」






壮一郎は立ち上がって、頭を下げた。





「うん。壮一郎くんならそう言ってくれると思ってた。
ちょっと待ってね。今、僕の家の住所書くから…」






そうして、すぐに自宅で荷造りをして住所を頼りに向かった先は……超がつくほどの高級マンションだった。







「…………マジで?」






住所は、確かにあっている。






売れっ子脚本家の帽子屋が住むだけあって、セキュリティも万全なエントランスだった。 






「あいつこんなとこ、住んでんのか…?」






おそるおそる、部屋番号を押すとインターフォンから聞き慣れた声が迎えた。







『今、開けるね。そのままエレベーターで上がってきてくれるかな?』






かちりと音がしてひとりでに開いた扉を抜けると、そのまま一流ホテルのようなホールに足を踏み入れる。






待ちかまえていたエレベーターに乗ると、そこにボタンはなく、自動的に目的の階へ滑るように動き出した。






殆ど音も振動もなく、スムーズに到着する。

それだけでも、ここがどれだけ金と手間暇をかけて作られたかわかる。






扉が開くとそこには、広い玄関が広がっておりフロア全体が1つの部屋になっていることがわかった。







「いらっしゃい、壮一郎くん」





いつもの様にタンクトップにタオルを首から下げた光谷がにこやかに出迎える。






「………………」






想像以上の内装に正直、声が出なかった。






「どうしたの?壮一郎くん」






目の前で手を振られ、顔を覗き込まれる。







「お前って……、実はすごい奴?」






「え?あぁ…この部屋?先月引っ越して来たばかりだからまだ散らかってるけど…どうぞ、上がって?」





「あ、あぁ……」






4畳ほどもある広々とした玄関の隅に靴を揃えて脱ぐと、用意されたスリッパを履く。







「なんか、こないだの事件以来、事務所がちゃんとしたところに引っ越せってうるさくて。全部任せてたら、ここになったんだ」






「それはそれで、すごい話だな…」






「家具も全部付いてたんだけど、色々と機械が多くて不便なんだよね。でも、ここ地下にジムやプールがあるんだよ?」





「普通、機械が多かったら便利になるんじゃねーのか?
全く…、事務所もお前のことよく分かってるじゃねーか」






目を輝かせる光谷に壮一郎は苦笑する。






「これからは僕が壮一郎くんにつきっきりでコーチするから安心してね」






「…………お、おう」





舞台のための合宿だとわかっていても、光谷と2人で過ごす時間が増えたことが嬉しかった。






「まず、ここがトレーニングルーム。メニューも壮一郎くん向けに組んであるからね!」






様々なマシーンが所狭しと並んでいる中に、見覚えのあるものが混ざっている。





「あ………これ」






「うん、持って帰ってくるの大変だったよ〜。でもこれ、お気に入りだからさ」





嬉しそうにマシーンをさする。








「持って帰って来たのかよ……」






「うん!あ、これが壮一郎くん用の特別メニューだよ」





指さす壁にはマジックで書かれた時間割のようなメニュー表が貼ってあった。






「こ………殺す気か!?」







そのあまりにハードな内容に血の気が引いた。






「大丈夫だって!壮一郎くんならできるよ!」






「どっから来るんだよ、その自信は!」







「じゃあ壮一郎くん、このままでいる?」








「……………やる」








「うん!がんばろうね!」







朗らかに笑って、すっぽりと大きな胸に壮一郎を抱き寄せた。






「あ…………」







久し振りの光谷の匂いを胸一杯に吸い込んで、壮一郎は身体がじんと熱くなるのを感じた。




腕の中から、間近にある光谷の彫りの深い顔を見上げる。





すぐ傍に感じる、くすぐったい呼吸。






耳まで熱くなっていくのを感じながら、壮一郎は光谷に向かって…思いきって目を閉じた。






精一杯の、自分からの意思表示。







煩すぎる自分の心臓の音と闘いながら、じっと待った。





「じゃあ壮一郎くんの部屋とか、トイレ、バス、キッチンも案内するね」






決死の誘いを平然とかわされて、ドアへ向かわれる。






「………………」







あまりの恥ずかしさに、顔から火が出そうだった。身体がわなわなと震え出す。






「どうしたの?早くおいで」







邪気のない笑顔で振り返られ、思わずその顔へ拳を振るう。






「危ないなあ。どうしたの」







「うるせえ!避けるんじゃねえっ!」






すいすいとかわされて、余計に腹が立つ。






「カルシウムが足りないんだね。ここにはサプリも充実してるから…」






「うるせーーーっ!!」






全身から怒りのオーラを迸らせながら、1人で先に歩き回る。







「くそっ!無駄に広ぇっ!!一体何部屋あるんだ!?」






「ん〜…ゲストルームを含めると…8部屋ぐらいかな。そんなにあっても…住むの僕だけなのにねぇ」







困ったように微笑む光谷の顔を見つめた。


そっか…。こんだけ広い部屋にこいつ1人で。

……でも、今日からは。






「でも、今日からは壮一郎くんが一緒だから寂しくないかな」







「なんか………ずりぃ」




思ってることを見透かされて、ふてくされる。







「ん、何か言った?」







「ばっ…何でもねーよ!で、俺の部屋はどれだっ!?」






荷物を肩からどさりと落とす。







「あ、案内するね」






その荷物を軽々と拾うと、光谷は歩き出した。





 
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