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□The forbidden ground
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The forbidden ground




氷と霧に包まれた都。


他世間とは完全に切り放たれた世界の中、その城は存在した。





鬱蒼とした森の奥で、時折、迷い込んだ村人が無人の城だと思って中に忍び込んで宿代わりに使うと言われている。

けれど、森には行って帰ってきた者は居ないという噂が巷でははびこっている。





そう、あの城には化け物が住んでいるのだと…









「すみません、森の中に建ってるお城に行きたいんですけど…ご存じですか?」


メガネを掛けた小柄な少年が笑顔で店主に尋ねてくる。

場末の酒場では不釣り合いなほどに少年は無垢で朗らかだった。




「兄ちゃん、何の用があるのか知らねぇが…あの城に近付くことだけやめておけ。
悪いことは言わねぇから、な?
大人しくお家に帰りな」


「いや、でも…僕はそこに行かなきゃいけないんです。
どうしても…
何があってもそこに…」



少年の覚悟を決めた声と表情に、店主も渋々と行き方を教える。











「ご親切に、有難うございました」


礼儀正しく一礼して少年は店を出ていく。












「何だってあんな子があの恐ろしい城に…」


「マスター、どんな事情があるにしろ、あそこに行くって人間に関わるもんじゃないよ」


「そうだな…」












酒場で道を聞いて歩き始めて、もう1時間近く経っている。
なのに目的の城はまったく見えてこない。



「僕、道を間違えたのかな…」



目を凝らして辺りをよく見渡す。
けれど、視界は霧で白く靄がかかりはっきりとしない。
おまけにちらつく雪が容赦なく体温を奪う。




「寒さとかあんまり感じないんだけど、でも動きが鈍いや」



両手を口の前に持ってきて息を吹きかけてみる。
特に温かいとも何とも思わない。





前に父親代わりに一緒に居てくれた人は、こうやって雪が降るたびに手に息を吹きかけてくれた。
僕には関係ないっていつも言うんだけど、決まって彼は


「でも感じるだろ?
俺の暖かさも存在も…それが大事なんだ」


って笑って頭を撫でてくれた。





「自分でやっても、ちっとも温かくないや…」





見上げた空は白に近い灰色。
暗くもないけれど明るくもない。
今の自分と同じだと思った。








「こんな所に人の子…ですか?」



背後で声がして慌てて振り返る。
目の前には長身の男。
黒く足首まである様なロングコートを着込んでいる。

目深に被られた帽子で顔まではよく見えない。




「あの…」


「行き先は氷の城ですか?」


「え?」


「おや、違いましたか?」


「いえ、多分合ってると思います」


「そうですか…じゃぁ貴方が城を訪ねて来られたという少年という訳ですね」


「少年?」


「少年でしょう?
それとも少女…でしたか?」


「いや、性別は合ってますが…
その『少年』と言われる年齢かどうかについては疑問が……」


「見たところは16〜17歳にしか見えませんが?」


「良く若く見られるんですが、実際はもうちょっと上なんです」


「そうでしたか。それは失礼致しました」


帽子を外して胸の位置でピタリと止め、お辞儀をする。
まるで社交界でダンスでも申し込むかのような優雅な振る舞いに、思わずたじろぐ。



「あ、いえ。
慣れてる事なんでそんな気にしてないですから」


両手と顔を振って、そんな仰々しくしないで下さいとお願いする。


男の顔が上がる。






長い髪がはらりと肩に舞う。
コートと同じく濡れ羽の様に艶やかな黒い髪。
その瞳も漆黒で光が見えない。
なのにその表情はとても穏やかで、何となくこちらも警戒を解いてしまう不思議な魅力があった。




「あの、失礼ですが貴方は城の方ですか?」


「まぁ住人の一人であることに違いはありませんが…」


「ならば失礼は承知の上でお願いします。
僕を城へ連れて行ってくれませんか?」


「いいですよ」


「え?」


「…何でそんな驚いてらっしゃるんです?
『お願い』してきたのは貴方なのに」


「いや、まさかこんなにあっさりお願いが叶うと思ってなかったので…有難うございます、ええーっと……」


「名前…ですか?」


「あ、はい…まだお伺いしてなかったな〜と思いまして。
僕は和と言います」


「そうですか、和さんですか…じゃぁ親しみを込めて『なごさん』と呼ばせて頂いても?」


「はぁ、構いませんが?」


「では、さっそく…和さん」


「はい、何でしょう?」


「いいですね」


「何がですか?」


「名前を呼んで返事があることですよ」


「…??」


「意味が分からないのは、貴方には名前があって、それを呼んでくれる人が居て、返事をする事が出来るからですよ」




その男はそう言ったきり黙って道を歩き始めた。

案内してくれるという話は承諾してくれたのだから、きっと後を付いていっても問題はないのだろう。




そんな事をぼんやりと考えながら、僕も歩き始める。









歩き始めて10分も経っただろうか…

さっきまではどれほど見渡しても何も見えなかったのに、今は目の前に大きな城が建っている。





「こんなに近くにあったんだ…」


「ええ、近くにあるモノほど人は見失いがちですから…
きっと、貴方も『城は遠くにある』と思いこんで、見つけられなかったんですよ」





そう…なんだろうか。
でもこの男が言うのだから、そうなんだろうと何となく納得してしまう。






「ようこそ、我が城へ…」




ギシギシと音を立てて城の門扉が開いていく。

見るところ、人の力は加わっていないのに、勝手に開いていく。





どんな仕掛けがあるんだろう?









「仕掛けなんてありませんよ。
門は開くためにあるんです。
お客様がいらして、招き入れる事を城が許可したから開いたんですよ。
ただ、それだけのことです。
特に気にするようなことは何もありませんよ?」


「そうですか…」




う〜ん、色々と考えるべき点はあるけれど、僕の一つ目の目標は達成できるんだから、ここは大人しく従おう…




一歩、前に足を踏み出す。

すると、自然に足が進む。





男の前を通り過ぎて門の中に入る。







今来た道を自分はもう二度と歩むことはないかも知れない…

でも、もう後には戻れない。


だから、前だけを見て進む…





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