季節小説(ss)

□春風献上(那須×椿)
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春風献上


あの夏の悲惨な事件の後片付けと大掃除を兼ねて俺は館に来ていた。
現場保存の為に当時のままにされた家具も捜査が終わってようやく整理できる状態になったからって、叔父の公康に命令された頼まれたからだ。

本当は一人で来るはずだったんだけど、光谷に年越しの予定を聞かれてここに行くと言ったら「一緒に行く」と押し切られて現在に至る訳で…。





「壮一郎くん、これはどこに?」
「あん?それか…それはアランの部屋に運んでくれ」
「アランって?」
「ああ、ええっと…収納Bの部屋。お前がここに初めて来た時に使ってた部屋の隣だな」
「あの部屋の隣なんだ。じゃ、これは?」
「それはドイルの部屋だな。トイレ隣の部屋」
「わかった」





絵画だとか燭台だとか、ワイングラスにダーツ、チェス、散乱した本とか、とにかく細々としたものを次々に片付けていく。
あとは光谷がロースンの部屋から出した家具を戻せば、掃除は終わりだった。






ギィ…





軋むドアを開けて部屋に入る。
あの時は余裕がなくて光谷が居たこの部屋に入ることはなかった。
唯一、訪ねたのは最初の夜に巨大なてるてる坊主を見つけて、「下せッ!」と怒鳴り込んだあの時ぐらいだろうか…





数か月経って埃も少しは積もっている。
換気の為に窓を開ける。
冷たい風が肌を刺して身震いする。
ベッドに行き腰掛けて毛布を被る。




(時間が経っているはずなのに…)


(光谷の匂いがする…)




「壮一郎くんここに居たの?」
「あっ…こ、光谷…」

光谷の使っていたベッドの毛布にくるまって更に匂い嗅いでたなんて…
俺、まるで変態みたいじゃねぇか!


恥ずかしくて慌てて毛布をはねのける。
「もう片付け終わったのか。早いな!」なんて適当に会話して部屋から出て行こうとする。



「ここから始まったんだね」



その一言に足が止まる。
向き直れば、光谷は相変わらずの笑顔で俺を見ていて…



「あの日、壮一郎くんが僕の部屋に訪ねて来てくれて…」


光谷が近づいてくる。


「本当はあの時からずっとこうしたかった」


ぎゅっと抱き締められる。

俺自身、そんなに小柄タイプじゃないのに、かたくて厚い胸板にすっぽりと収まってしまう。
でも、こうされるのは好きだ…

光谷は俺の頭に顔を埋める。




「壮一郎くんの匂いだ」



さっき、自分が光谷の毛布にくるまって同じことを考えていただけに、恥ずかしさが込みあがってくる。



「ここでは良い事ばかりではなかったかもしれないけど…
でも、僕は菊原さんには感謝してるんだ」
「ああ、あの人は間違ったかもしれないけど…でも悪い人じゃない」
「それもあるけど…」
「…他に何だよ?」

あの女性(ヒト)も昔はアイドルだったって言うし、もしかしてファンだったとかか?
そう思うと、面白くなくてつい睨みつけてしまう。

「僕と君をこんなにも近づけてくれた事に感謝してるんだよ」
「なっ!」
「僕は時々、ドラマに出てる壮一郎くんを見てたけど、ここで一緒に過ごしたから、君がどんな姿勢で演技に取り組んでるのかとか知ることが出来た。
それで、もっと君の事が知りたいと思ったんだよ」
「光谷…」

さすがに恥ずかしくなって腕を抜けだそうとするけど、光谷の腕は更に力がこもって、逃げれそうにない。

「もっともっと知りたいって思って、それから触れたいと思って…」
「……。」
「気が付いたら好きになってた」

カッと顔が熱くなった。

「な、何を今更…」
「なんとなく」
「何となくかよ!」

照れ隠しもあって悪態をつく。

「だって、『言いたいこと』があるなら言わなきゃって気にって。
いつ何処で何が起こるか誰にも分からないから…
言える時に言いたいことを言っておきたいなって思ったんだ」

いつになく優しい声で
いつになく優しい笑顔で
そんな悟ったような事を言い出すから…

「わ、訳分かんねぇ事考えんなよ!
お前はずっと俺の傍にいて、いつでもどこでも好きな事言ってればいいんだよ!」

光谷の胸を掴んでそう言い切ってから自分の台詞にハッとなる。

『ずっと俺の傍に居ろ』的な発言をしてしまった事に更に体温と脈拍が上がる。

「い、いいいい今のなしだからな。
忘れろ!忘れてしまえ!!」

光谷の頭を両手で掴んでガンガン揺さぶる。
けれど時既に遅しで…

手に手を重ねられて動きを止められる。




「これからも僕は僕のままで好き勝手な事を言い出して、壮一郎くんを困らせちゃうかもしれない…
けど、僕の傍にずっといてね?壮一郎くん」
「ば、馬鹿。お前みたいな筋肉馬鹿の面倒なんて…俺以外に誰が見れるんだよ!
俺しか居ないだろうが!」
「うん、そうだね。
僕には壮一郎くんしか居ないね」
「……。」

真面目に返されて、どう切り返していいか分からず俯く。

「ね、壮一郎くん」
「なんだよ?」
「今日はここに泊まるんだよね?」
「まぁな。その予定だけど…」
「それじゃ、早く大掃除終わらせなきゃね」
「あ、ああ。でも、光谷の予定が悪かったら先に一人で帰っても…」
「そうじゃなくて今年最後はここで終わって…」
「…?」
「それで、新しい年もここから始めるんだ!壮一郎くんと」
「…っ!」
「僕は僕の関わる全て事の終わりも始まりもすべては壮一郎くんと共にするって決めたんだ。
だから、来年もその先の年もずっとずっと宜しくね、壮一郎くん」
「な、何を…言ってる意味分かってんのか?」
「え?プロポーズだけど…」
「ば、馬鹿野郎!俺は男でそんな結婚なんて…」
「大事なのはここだから」

光谷の指が俺の胸を指す。

「少なくてもここにずっと僕の居場所があれば、僕は嬉しいよ」

普段、天然で意味不明な事しか言わないのに…
なんで、ここって時にいつもいつもお前は…

「俺のここになら、もうお前以外の奴の居場所なんてねぇよ。
だから、お前のここも…
この腕の中も全部は俺だけのものだからな。
他の誰にも譲らないからな…」

光谷の手が俺の頬に添えられる。

「幾年もずっとこうして年越しして、新しい年を迎えようね」



約束だからな。
俺はお前が思ってるよりもずっと独占欲だって強くて、お前に執着してんだからな。

だから

絶対に、もう離してやんないからな…

覚悟しておけよ!



【了】
 

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