季節小説(ss)

□サクラサク
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「う、ん……」


体温が溶け合った心地よさの残るいつもの寝床で、和がみじろぐ気配と声がした。

寝顔を見られる恥ずかしさからかいつも日織に背を向けて眠る和を手探りで探
すと、細い肩が冷えていた。



「ほら…、和さん」



日織もまどろんだまま、いつものように和をその腕の中に抱き込む。

和の背中と日織の胸がぴったりと密着し、そのなんともいえない温かさと素肌が触れ合う安心感にまなじりが下がる。

まだ起きるには早い。このままもう一度眠ろうか。

そう思った日織が再度和の身体を抱く腕に力を込めた時、何故か指先にふにゃりと柔らかい感触があたった。



「んっ…」



和の身体はぴくりと動き可愛らしい声も漏れはしたが、しばらくするとまた安らかな寝息に戻っていく。

一方の日織は、和の身体の柔らかさにまどろみかけていた意識が引き戻されていた。

今まで何度も、つい数時間前ですらすみずみまで知り尽くしている和の身体を愛でていた。

だが、この感触を自分は知らない。





再度、両手でしっかりと和の身体をまさぐる。




「ん…ひおり、くすぐったいよ」




和はみじろいだが、日織の手のひらに伝わったのはすっぽりと収まってしまう程の慎ましさをもった、柔らかな二つの膨らみ。

重力に流れてしまわない張りと瑞々しさをもったそれは青い果実のように日織の手のひらを押し返している。




「……………」



ぱちりと目を開けた日織は慌てて起き上がるとバサリと布団を捲った。



「んっ…さむ…」



朝の外気に触れて丸くなった和の腕の間から覗く胸。

確かにそこは小さく膨らんでいて、先端も果実めいた色付きを見せていた。





「………っ!」




息を呑んだ日織は慌てふためきながら和の身体に乱暴なまでの勢いで布団を被せた。




「うわっぷ…!ちょっと日織…何するのさ」



少々掠れているものの普段より高い声。元々白かった肌はさらにきめ細かく、頬は丸みがかっていて唇もふっくらしている。

今見た現状と認識が結び付かない日織は額にかかる髪を掻き上げながらうなだれて溜め息を吐く。

最近以前より抜け毛が増えたことを密かに気にしている身としては控えたい行動だが、今は気にしていられる余裕もない。




「和さん…?」



おそるおそるちらりと見やれば、小さな恋人は唐突かつ乱暴に起こされたことに対してやや不服そうに唇を尖らせて、瞼を擦りながら起き上がろうとしていた。




「どうしたんだよ、さっきから…」



途中で日織の視線が自分の一点に集中していることに気付いた和は言葉を止める。

視線を追ってひょいと自らの身体を見下ろした後、目を見開いて固まった。




「…………………」


「あ、あの……なごさ」


「うわあああぁっ!」





水の中に落とされた猫のように暴れる和は真っ赤に染まる涙目で布団を掻き抱き、身を包む。

その絹を裂くような悲鳴に雨戸の向こうから一斉に鳥が飛び立つ羽音が響いた。



「ちょっ、和さん…!」



布団を全て和に奪われてしまった日織は素っ裸で放り出されて情けないことこの上ない。

和がくるまっている布団の端に潜り込もうとしたが、和は頑として布団を寄越そうとしない。



「なっ、なん…なんでっ!?日織…僕に何したの!?」


「ちょっと…落ち着いてくださいよ、和さん」



一糸纏わぬ姿でにじり寄られ混乱極まりない和は、ますます涙目になり近寄る日織を足蹴にする。

仮にも愛し合う恋人に対してこの仕打ちは酷い。




「和さん!何もしないから落ち着いてください!」




腹から出された声にピタリと和の動きが止まる。



「…でかい声出してすいません。でも俺にこんなことできるわけねぇでしょう?俺もさっき起きたばっかりで…」



「………みた?」



「へ…?」



「みたの…?」




泣き出しそうに潤んだ瞳でじっと問われては正直に白状するしかない。




「すいません。見ました…」



「ひ…日織のばか!えっち!助平!」



「な、和さん…なんで急にそんな女の子みたいなこと言い出すんですか」



「なんだよ、女の子みたいなって!ぼ、僕…どう見たって女の子じゃないか!」



「そりゃあそうですけど…」



「じゃあ別にいいだろ!」



「なごさ〜ん…、そんな開き直ったこと言わねぇでくださいよ」



「な、なんで…急にこんな…。ぼ、僕に胸が…」



「あの…胸だけ、ですかい?」



「…どういうこと?」




和がじっと日織を見つめる。日織は何とも居心地の悪そうな笑みを浮かべている。




「いや、ですからね…。昨晩までは和さん確かに男の子だったじゃねぇですか。
そんな急に女の子の身体になるなんて…」


「そ、そうか…。ちょっと待ってね」




そう言ってゴソゴソと布団の中で和が動く。

その顔がみるみる間に茹でたタコのように耳まで染まっていき、酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせだした。




「あっ……」


「和さん…?」


「日織の…ばかぁ!」


「…女の子だったんですね」


「どうしよう…。僕、女の子の身体なんて触ったことなかったのに…」




和は頭を抱えたままブツブツと呟いている。




「まぁ、自分の身体ですけどねぇ…。
それよりまた、なんで急に女の子に…」




日織は和をまじまじと眺めながら、腕を組んで考えた。

その視線に和はビクリと身を固くする。




「ちょっ、日織…?何見てるのさ…」


「いやぁ…もしかしたら夢かもしれねぇと思いましてね…」


「な、何だよその笑顔…。
なんでこっち来るんだよ」


「ねぇ、和さん。折角ですし…」


「ひっ…!ちょっ…、ふ、ざ、け、る、な、よ…!」


「あいてててて…!引っ掻かねぇでくださいよ」


「これで夢じゃないってわかっただろ!」




肩で息をする和は、日織に何か着るものを要求した。といっても和の服は日織が洗濯してしまっている。



「こんなもんしかねぇですけど…」



日織は和用の新しい下着と甚平を差し出した。



「あっち向いてて…!」


「はいはい…」



日織は苦笑しながら後ろを向くと、己も襦袢を羽織り腰紐を結ぶ。




「なんか…今までと違って落ち着かない」



困ったような声が聞こえて、日織は振り返った。髪を結おうと咥えていた紐がぽとりと落ちた。

普段の和でもやや大きかった甚平はぶかぶかとしていて細い撫で肩から襟が落ちそうになり華奢な鎖骨と素肌が覗いている。

細いだけでなく、うっすらと肉のついた柔らかそうなふくらはぎがすらりと伸びていて、しきりに腰周りの布を引っ張り襟を直す仕草は目のやり場に困る色香を漂わせている。




「そんなに…ジロジロ見るなよ」




日織は改めて女の子になってしまった恋人を見て、複雑な心境になる。

結局自分は和が和であれば、男でも女でもどちらだっていいらしい。節操がないといえば節操がないが、要は和個人に相当惚れてしまっているということなんだろう。




「流石に女もんの下着なんてありませんしねぇ…。
かと言って、このままじゃあ俺も目のやり場に困りますし」


「なっ…!目のやり場って、どこ見てるんだよ!」


「まあまあ…。ひとまずこれでなんとかしてくだせぇ」




そう言って日織は和に白い布を差し出した。





「何これ…?」


「さらしですよ」


「これ巻くの?」


「ええ」


「やってみる…」


「はい。じゃあ俺は朝飯の支度でもしてきますから」




にこやかに告げて台所へと立つ。





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