雨の白玉(短編小説置き場)
□猫の災難
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もうすっかり慣れた…
うん、本当に慣れたな、俺…
秋も暮れて夕暮れの時間はあっという間に終わって、すぐに宵闇が訪れる。
日織は自分用と猫になった俺用にと二種類のご飯準備でさっきからずっと台所に籠もっている。
俺は動いて猫の毛が舞うと申し訳ないと思って、ずっと縁側から見える外の景色を眺めていた。
普段なら見逃しがちな庭の風景も、この姿の時はじっくりと堪能できる。
小さな紅葉が色付いて風にそっと揺れる…
「にやぁぁぁん…」
甲高い猫の声がしてその声の先に目をやる。
日織の家の先住猫…タマさんだった。
猫になったらタマさんと会話出来るのかと思ったけど、俺にはタマさんの声は「にゃぁん」と普通に猫の声にしか聞こえなくて…
母国語と外国語みたいに、やっぱり最初から猫の言葉を知っていないと、言葉は分かないのかな…?
少し哀しい…
いや、別に猫と会話できたらいいな、なんて思ってなかったし…
嘘です。
ちょっと楽しみにしてました!
はい、悪かったなコノヤロー!!
って誰にキレてんだ、俺…
「…うなぁぁん」
タマさんの声がまたした。
どうやら、縁の下のすぐそこにいるらしかった。
多分、入れて欲しいっていうサイン何だと思う。
でも猫の俺じゃ閉められた窓は開けれないから、台所の日織を呼びに行く…
「うにぃぃ〜〜、にゃぁぁん!」
(ひ〜お〜り〜、タマさん帰ってきたぞ!)
台所の引き戸をカリカリとかいて日織を呼ぶ。
パタパタと足音がして人が近付いてくる気配がする。
ガラガラと引き戸が開いた。
「どうしたんです、壮さん」
「うなぁぁ〜」
(タマさん来た)
言葉じゃ伝わらないだろうから、縁側に向かって歩いていく。
ついて来いと言わんばかりに途中振り返る。
「ああ、タマさんですか」
察しのいい男はさっさと俺を追い越してタマさんを迎え入れる。
「お帰りなせぇ」
ひょいっと飛び上がって縁側に入り込んだタマさんは、日織の足にスリッと身体を擦りつけて、中に入って来る。
「にゃぁぁん」
(お帰りなさい)
俺も挨拶してみるけど、チラリと見ただけでスッと台所に消えていく。
「……。」
寂しくなんかないぞ…
ふわりと抱き上げられる。
「にぃ…」
(日織…)
「タマさんは壮さんのこと嫌ってなんかいませんぜ?」
何で、コイツには俺の考えが読めるんだろう…
「うに…」
(でも…)
「タマさんの性格は俺も知ってますから」
「……。」
「今は特別な時期ですから、少し気は立ってるかもしれませんがね」
「……?」
「まぁ、色々とトラブルが起きやすい時期ですから、壮さんは猫の時はあまり外に出ないようにお願いしますね」
「うに…」
(分かった…)
日織が喉元を撫でてくれるのが気持ちよくてゴロゴロ鳴く。
ご飯を食べ終わった後、また縁側で外を眺める。
気付くとタマさんも隣りに座っていた。
二匹(?)で一緒にいる事なんてなかったから、少しドキドキする。
「に、にゃぁ…」
(あ、あの…)
タマさんはジッと俺を見据えた後、窓の淵に爪を掛けて器用に自分が出れる分だけの隙間を開ける。
「にゃ、にゃぁ…」
(外?出てくのか?)
一度振り返っただけで、やっぱり無言でタマさんは出て行ってしまった。