季節小説(ss)
□サクラサク
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ステンレスの流しに手を突いて目を閉じると、しばし己を落ち着ける為に精神を集中させた。
だが和の肢体がちらついて離れない。このままではこちらの精神衛生上よろしくない。
「ひ、日織…」
「できましたかい、和さ…」
振り向いた日織は後ずさった拍子にガタンと流しに踵をぶつける。
「うまく、巻けない…」
不格好に和が巻いたさらしは所々素肌を晒しながらきつく形が変わる程胸に食い込んでいる。
「なごさ…」
「何も言うなよ!僕だって恥ずかしいんだからなっ!」
真っ赤になって俯いたまま、目を合わせずに捲し立てる姿はぷるぷると震えていて。
思わず、その細い肩をそっと抱き寄せていた。
「…………」
「ひ、日織…?」
「………はい」
びくりと身を震わせた和だったが、やがて日織の広い胸に頭を擦り寄せると背中に手を回してギュッと襦袢を掴んだ。
「何か、言ってよ」
矛盾する言葉に思わず日織から苦笑が漏れた。
「俺は、和さんが好きです」
「日織…」
「どんな姿であっても、和さんは和さんですから」
「うん…」
「ちゃんと、巻き直しましょうか?苦しいでしょう」
日織の腕の中の和はしばらく逡巡していたものの、震える指で結び目を解いて自ら甚平の前を広げた。
「……………」
日織は黙って、和の胸に食い込んださらしを解いていく。はらりと落ちた先に
は激しく鼓動を刻む小さな膨らみがあった。
「………っ」
和はぎゅっと目を瞑り顔を背けている。手早く器用にさらしを巻き付けると甚平を羽織らせてその頬に口付けた。
「終わりましたよ、和さん」
和はきょとんとして、口付けられた頬に手を添えて日織を見つめ返す。
「あれ…?」
「どうかしましたかい?」
「な…なんでもない!ありがと!」
真っ赤になった和は、早口にそれだけ言ってパタパタと居間へ駆けて行った。
「しかし、いつまでもこのままにしとくわけにも…いきませんよねぇ」
日織は首の後ろに手を当てて考えると携帯を取りに部屋へ戻った。
「ごめんくださ〜い」
朝食が終わった頃、カラカラと玄関が開く音がした。
「あれ?日織お客さんだよ」
「ええ…。さっきお願いしといたんですよ」
「お願い…?」
日織はスタスタと玄関先へ消えて行く。やがて戻ってきた日織は後ろにもう一人連れていた。
「えっ…!?し、静奈ちゃん…?」
「和たん…、持って来たったよ」
「えっ、これ…」
和は手渡された紙袋を受け取ると中を覗いた。
そこには、女物の下着と何着かの服が入っていた。
「あ…静奈ちゃん、ありがとう」
「ええよ…。写メ撮らせてくれたら」
「えっ…!?写メ…?」
「だって、今日一日だけやもん。
撮っとかなもったいない…」
「今日一日って、そりゃ本当ですかい?」
日織の言葉に静奈はにやりと猫のように笑った。
「着流しさん、今月は何月…?」
「え、4月…ですけど」
日織につられて和も壁に掛けられたカレンダーを見た。
「そして4月といえば…」
「もしかして…エイプリルフール!?」
「さすが、和たん…」
和が思わず上げた声に静奈はにやりと口の端を上げた。
「うちのとこにたぬさんから連絡きたんよ」
「たぬさん…?」
「しっ…!和さん、細かいことにツッコんじゃいけませんぜ」
「え、日織…?」
「しかしまたなんで今頃エイプリルフールなんですかい?」
「え?僕の質問まる無視?」
「なんかな、たぬさん最近燃え尽きとったん。エイプリルフール過ぎてもうたけど、ぐだぐだした感じで一日だけなんでもありにしたいからヨロシクって…」
「な、何言ってるの静奈ちゃん!?」
「そういうことでしたか…」
「え?何で納得できてるの日織!?」
「そういうことなら…」
「イロイロ…せぇへんと、なぁ」
「え?ちょっと…何その笑顔。何で二人ともこっち来るの…?ねぇ、やだ…」
「な〜ごさん…」
「なーごたん」
手をわきわきさせながら、2人は和へにじり寄る。
「い、い…いやだああぁっ!
こんなオチいいぃっ!?」
その古い民家からは、一日中少女の悲鳴が絶えなかったという。
《了》