季節小説(ss)
□7月7日に待ち合わせ
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「お待たせ、日織」
「時間ちょうどじゃねえですか」
駅前はかなりの人ごみだったけど、その中でも日織を見つけ出すのは簡単だった。
すらりとした長身に夜でも艶やかな長い髪。
ピンと張った背筋にいつもの和服とは趣の違った浴衣がよく似合っていた。
少し寛げた襟元から除く肌が男らしい印象を与える。
こういうのを『粋』っていうんだろうか。
周りを往き交う人の群れがチラチラと日織を気にしていて、普段とは違う視線が向けられている。
僕は内心、自分の格好悪さにため息が出た。
押入れにあった浴衣をどうにか引っ張り出して着せてもらったが、背の低く腰も細い僕が着ると、まるで小学生のようだった。
『あんた…いくらなんでもそれはないわよ』
ひょいと顔を出した姉ちゃんが、何とも言えない顔で一言残し去って行った。
やがて戻ってきた姉ちゃんは、無言で僕に甚平を差し出した。
膝丈の締め付けのない造りはとても魅力的だったし、少しは線の細い印象も誤魔化せるかもしれない。
それになにより、昔から姉ちゃんに選んでもらった服はハズしたことがないのだ。
結局僕は甚平に着替え直した。
着替えに時間をとられて、折角夕方風呂に入りさらりとしていた肌は家を出る頃にはじっとりと湿気を含むアスファルトからの熱に汗ばみ始めていた。
「おや、和さん。今日は甚平なんですね。ずいぶんとお似合いで…」
暑かった夕方の熱気は風に吹かれて、夜の喧騒に乗っている。
目の前にはじっと目を細めて微笑んでいる日織の顔。
他意がないとわかっていても、いつもより男っぷりが上がっている日織に言われると余計に落ち込んでくる。
「日織もいつもより似合ってるよ」
何気なく言った言葉にぽかんと見つめ返され、何かおかしなことを言っただろうかと目を見張る。
「どうしたの?」
「あ、いや…」
珍しく照れている日織は嬉しそうに首裏へ手を当てて、はにかんでいた。
「それにしてもすごい人だね」
人で溢れ返った駅前は祭り特有の空気を孕んでいる。
道路は全て封鎖され、河川敷へ続く1本道が夜店の明かりで彩られているのが見えた。
「ええ…。あ、和さん。折角ですし河川敷へ行く前にアレやっていきませんか?」
「ん?アレって…」
日織が指差した先には大きな笹が立てられていて、机の上に色とりどりの短冊とサインペンが置かれていた。
「ここの笹は毎年願いを叶えてくれるって有名なんですよ」
沢山の人の願いを下げた笹はさらさらと夜風に身を揺らし、その度に色とりどりの短冊が見え隠れしていた。
「へぇ…。じゃあやってみようかな」
僕と日織も色紙で出来た短冊を手に取って少し考え込む。
「さあ和さんも書けましたか?俺が高いとこに結んであげますよ」
早々に願い事を書き終えた日織は既に自分の分を結び終えている。
「少しでも天に高い方が願い事も叶いやすいかもしれませんね」
日織にしては珍しく子どもみたいにはしゃいだ事を言って笑っていた。
僕はその横顔を見つめながら自分の短冊を差し出した。
『会えますように』
薄い黄色の短冊は日織の手によって他の短冊より一際高い位置に括られた。
誰が、とも分からず。
誰に、とも分からない願い。
きっと神様もどう叶えていいか分からず首をかしげるだろう。