Short story

□魔性
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 ねえ最近やっと気がついたんだけど、わたしの恋愛論議、聞く?まあ気がついた、というより整理できた、のほうが正しいんだけどね。恋愛的、つまり好きという感情にまつわるわたしの認識としては、「好きになりたい」と「好きになってほしい」と「好き」の3種類があるの。まあまあそんな顔しないで、最後まで聞いて。最初のふたつは「このひとを好きになれたら楽しいだろうなあ」、「このひとに好かれたら楽しいだろうなあ」っていう意味で、それが同じひとに向かったときは「このひとと恋愛できたら楽しいだろうなあ」になるの。わたしのなかではあくまで、好きになるイコール好かれたいと思う、じゃあないんだよ。片思いってすてきだよね!それでね、このふたつが同じひとに向かって「恋愛したい」あるいは「両思いになりたい」になってもそれはやっぱり、「好き」じゃないんだ。あたりまえだよね。え、ちがう?うーん、まあいいや。わたしにとってそのふたつのベクトル(なんかこの言葉、しっくりくるんだよね、数学とはまったく関係ないよ!)はおもちゃみたいなものなの。軽視して言ってるんじゃないよ。そのひとに片思いしてる自分とか自分に片思いしてるそのひととか恋人どうしのふたりとか、考えるのはむしろとってもすてきなことなの。妄想癖なんて言わないでほしいなあ、だって誰でもいいわけじゃないもの。わたしはいつだって真剣だよ。
 ここからがすごく重要、よく聞いてね。ほんとうは、今まで言ってきたことにあんまり意味はないの。ああ、怒らないでってば。言葉が適当じゃなかったかな、意味がないっていうより、ほんとうに大切なことにはあんまり関係がないの。いっそまったくね。わたし、ほんとうは恋愛なんてちっとも信じてないし、誰かと一緒にいる(恋人になる、じゃないよ、ここ重要!)のにそれはまったくもって必要のないものだと思うの、すくなくともわたしにとって。じゃあ何が大切かっていうとね、「信用」なんだよ。これがほんとのほんと。それは「好きになりたい」も「好きになってほしい」も「好き」もまったく関係ないの。ただ単純に純粋に、「信用」なの。これは「信頼」ともまた決定的にちがってて。そんなしゃらくさいもんじゃないの。もっと透明な、もっとからっぽなかんじ。たぶんみんながいう「信用」とはちがうんだろうなあ。でも言葉ってそんなもんだよね。いつだって真実からはいちばん遠いところにある。まあそれはおいといて、わたしにとって誰かと一緒にいることに必要なたったひとつのことが、これなの。そのひとがもしわたしを好きになって恋人になりたい
って言うんなら、その関係は「恋人」と名が付くけど。わたしにとって関係にどんな名がつくかなんてまったくどうでもいいんだよね。ああそうだ、言っておくとね、この「好き」じゃないけど「好き」よりよっぽど大切な「信用」の定義を相手が理解できるかも、そこにはまったく必要がないんだよ。ついでに言えば、わたしがそのひとを理解できるか、ってこともね。そこには「信用」さえあればいいの。「信用」に理解は必要ないの。
 さて、これまでの発言を踏まえて最後の最後、聞いてほしいこと。わたしはね、きみをこころの底から「信用」しているよ、幸村くん。わかってくれた?






「つまり僕はふられた、ってことだろう?」


 僕がそう言うと彼女は顔じゅうで不満をあらわにした。僕はそんなあちこちしわの寄った彼女の顔もすごく、好きだと思った。


「どうしてそうなるの?今までの話ちゃんと聞いてた?」
「聞いてたさ。きみは僕を『信用』してる。きみの定義において、それは恋愛感情より有意義で大切だ」


 彼女は一転、そうそう、と満面に微笑んだ。こうころと表情を変えられる人間もそういない。
 彼女はちっともわかってない。ひとを好きになるのがどういうことであるのとか。彼女を好きな僕をそのひとつひとつの言葉がどれだけ揺さぶるかとか。今の僕の心が、張り裂けそうにかなしいこと、とか。


「でもきみは、僕のことが好きじゃない。僕はきみが好きだ。どうしようもない。僕たちはどこへもいけない」


 今度はきょとん、とどこまでも純粋に不思議そうな顔をする。僕は無抵抗でむき出しで、どうしたって傷つくしかないのだ。


「それが幸村くんのいちばん大切なこと?つまり、わたしが幸村くんを好きになることが?」
「そうなるね」


 彼女はすこし考え込むように眉根を寄せた。
 知っていた。答えはいつも単純明快。彼女の言葉を借りるなら、僕たちのベクトルはぜんぜんちぐはぐでぴったり重なりあえないのだ。永遠に。
 それから彼女は寂しそうに眉を下げて哀しそうにわらって、それがまったくの真剣なのだから、僕は途方にくれてしまう。


「しょうがないね、価値観の相違、交渉決裂、かなしいけど、」


 ほんとうのはじめから、彼女の前で僕は、まったくの無力なのだった。


「さようなら、幸村くん」









魔性
(にっこりわらって、死刑宣告)

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