連載夢小説「華手折る頃」

□9話
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高杉side *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



ゆっくりと・・・重ねていた唇を離す。

すると葵の様子がおかしい事に気がついた。

『 やりすぎたか・・・ 』

そう思った瞬間、葵の身体が崩れる。俺は、とっさでその身体を抱きとめ、気づく。

その身体の軽さに・・・


こいつことだ・・・大方無理をしていたのだろう。飯も喉を通らないほどに。

俺にその身体を抱き止められた葵は意識も朦朧としているのか・・・今にも気を失いそうだった。


「おいっ、葵っ!?」

と呼びかけると、消え入りそうな・・・か細い声で



『だい す き』


そう、俺に・・・確かにそう伝えると気を失った。




「ったく・・・馬鹿が・・・」

腕の中で、気を失った葵にそう声をかけながらも、優しく髪を撫でると、その額にそっと口付ける。



『こんな小娘に・・・どうかしてんな 』

そう思いながらも、葵の言葉を思い出す。



 「あなたが好きだから・・・怖くない」

俺が何をしているか知ってもなお、そう言った葵。

鬼兵隊を率いていると知れば、もう・・・こいつが近寄ってくる事もないだろう。そう思っていた。



『チッ』

そう、舌打ちをすると葵を抱き上げる。

そして楼へと踵を返そうとした、その時。後ろで聞きなれたバイクの排気音が聞こえたかと思うと


「拙者がわざわざ代わりに行ったというのに・・・俺は行かぬと言ったのはどこの誰でござろうな」



「・・・俺がどこにいようとお前に関係あるめぇ」

そう返しながら、踵を返すとバイクにまたがりながら、クスリと薄く笑う万斉の姿。




「確かに。拙者には関係はないでござるが・・・晋助、ぬしはよほど、その女子とは偶然出会うようでござるな」

そう言いながら、クスクスと笑うと俺の腕で眠る葵を一瞥し、


「拙者が送ろう。なんせ、初見世の相手でござる。大事にせねばなるまい?」



その言葉に、一瞬、我を忘れそうな怒りが身体の中で膨れ上がるのを感じる。
次の瞬間、片手で葵を担ぎ上げると腰の刀に手をかける。


バイクのヘッドライトに、照らされた刃先が一瞬白く煌くと・・・万斉のサングラスが真っ二つになり、地面に落ちた。


「・・・これは、ひどい事を。お気に入りでござるよ、これ。」

そう言いながら、地面に落ちたサングラスを拾うとくっつけるしぐさをする。


「知るか。これ以上ふざけてんなら・・・身体ごと2つにしてやるよ」



「・・・冗談でござるよ、拙者の好みではござらん。」

どこか楽しそうにそう言うと、ジャケットのポケットから新しいサングラスを取り出し、何事もなかったかのようにかける。


「拙者は先に戻るとしよう。晋助、ぬしはその女子・・・送るのでござろう?ああ、それと拙者の好みは」


「てめぇの好みなんざ知ったこっちゃねぇ、早く行け」

そう言うとサングラスで顔はわからないが、いつもより少し上がった口元で笑っているのがわかる。

俺が睨むと万斉はバイクのエンジンをふかし、その場を後にした。


その後姿に、舌打ちをすると葵を抱いたまま歩きだす。




歩きながら、気を失ったままの葵の顔を見る。
青白く、血の気の引いたその顔。

『少し・・・やつれたか』


いつも無防備に見せる笑った顔、怒った顔、そして口付けた時の艶のあるその顔。

くるくると代わる、その顔、しぐさ。

そんなものが、簡単に思い出せてしまう自分にことのほか驚く。
他人など、どうでも良かったはずの自分が・・・誰かのしぐさまで覚えているとは。


『 どうかしてんな 』

そう自嘲気味に笑う。本当にどうかしている。あの場所に・・・なぜ、わざわざ出向いてしまったのか。

心のどこかで、期待していたのか。
俺の事を知ってもなお、あの真剣な眼差しを・・・俺に向ける事を。


たとえ向けたとして、だからどうなると言うのだろう。
こいつは俺とは違う。違う道を行く者。




修羅の道を共にゆく事など・・・許さない。

普通の女として、生きていく。こいつには・・・そちらの方が、よほどふさわしい。






大通りに出る手前。


俺はそっと、その青ざめた唇に口付けを落とすと再び歩き出した。





楼の近くまで来ると、見知った顔の女が一人。楼の前をうろうろと行ったり、来たりしている。

「おいっ、吉野っ」


そう声をかけると、吉野は勢いよく振り返り、俺の腕に抱かれた葵の姿に眼を見開く


「葵ィイイっ!!ちょっ、旦那何があったんですっ!!」


「疲れてたんだろう・・・街のはずれで倒れてた」


「・・・ホントにそれだけぇ?」

俺の答えに不満でもあるのか、そう言うと俺の顔を覗き込む。


「ああ、なんなら後でこいつに聞いてみろ」


あきれたように俺がそう言い返すと


「・・・まぁ、いいわ。無事だったんだもの」

そう言うと、優しく葵の髪を撫でた。その姿はまるで・・・母親のようだ。



「高杉さん、中へ運んでいただけます?」

そういうと俺の返事も待たず、楼へと入っていく。

俺は仕方なく、葵を抱え楼へと入った。


よほど、他の女達も心配だったのか。
楼に入ると回りにわらわらと集まっては、葵の顔を見てホッとしたのか口々に『無事でよかったねぇ』と言いながら去っていく。


それだけでも・・・こいつがどれほど回りに大切にされているのかがわかる。


吉野の案内で葵の部屋へ通されると、起こさぬよう敷いてある布団にそっと寝かせた。

初めて見る、葵の部屋は思いのほか殺風景で風呂敷に包まれた着物などがきちんと部屋の隅に置かれていた。あるのは・・・それだけ。年頃の女の部屋とは到底思えない。


予想とは違う部屋に少し驚きながらも、何も言わず戸に手をかけようとしたそのとき。

吉野は静かに眠る葵の頭を撫でながら、


「高杉さん、この子ねぇ・・・今まで普通の女の子らしい事何にもしてないの。ずーっと本当に小さな頃からここにいて・・・。普通なら、友達と遊んだり、おしゃれしたり。だけど、この子はっ!この子の化粧も着物も、稽古事も・・・全部は遊女になる為のもの。そんなのって、そんなのって・・・あんまりですよ。」


そう言うとポトリと布団に一滴の雫が染みをつくった。




「高杉さん、今日は・・・約束守ってくれてありがとうございます。」



「ああ」


吉野の言葉に一言そう言うと、俺は部屋を出た。

楼から出ると、そのまま大門へと向かい歩き出す。


そして、思い出すのは・・・吉野と条件をかわしたときの事。






- 過去 -


「太夫、お客様がいらっしゃいました」

そう言うと部屋の戸を叩く。
俺の前に立つ、花魁見習いというのだろうか。まだ、幼さの残るその顔はとても遊女とは思えない女。

少し声が上ずっている事からしても、慣れてはいない事がすぐにわかる。


「どうぞ」

そう部屋から短く聞こえると、目の前の女はすっと戸を引いた。行儀はきちんと躾けられているらしく、そのまま後ろに下がると


「どうぞ、お入り下さい」 と言いながら、頭を下げた。


その言葉に俺が部屋に入ると、艶やかな着物に身を包み、凛としたその顔をこちらに向ける女。

雰囲気からして、聞いていたとおりの堂にいった遊女だと思った。


「葵、さがっていいわ」


そう言われると、後ろに控えていた女から

「はい、失礼致します」 と返事がし、戸が閉められる。


すると、立ち上がるときに派手にこけたのか、戸の向こうでドスっという音とともに

「うぁああっ!イッタぁああ!!」

言う声が聞こえた。

あまりに遊女からかけ離れたその声に、遊女にもとんだじゃじゃ馬がいたもんだと思った、その瞬間。


「こらぁああっ!葵っ!」

という怒声が響く。すると廊下は静かになり、ゆっくり歩きだしたのか・・・廊下のきしむ音が聞こえた。


「で、なんでしたっけ?」

そう言うと俺に向かいニコリと微笑むと、端から俺の話しを聞く風でもなく一人でポムっと手を打ち


「そうそう、ご挨拶がまだでしたね、あちきは京は島原一の太夫。吉野でありんす。以後、宜しゅうお願い申し上げます。」


そういうと頭を下げ、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
顔は笑ってはいるが・・・眼は笑ってなどいない。決して、男に屈服する事などないプライドに満ちた目だった。



「ククッ、気に入った。聞きしに勝るいい女のようだな」



「お客さんこそ、ええ男はんどすな・・・で?私に何のようです?女を抱きにきたわけじゃなさそうですけど」

そう言いながら、ニヤリとすると同時に言葉遣いが変わる。




「ほお、なぜわかる?」


「なぜって。そりゃあ、長年の感ですかねぇ」

そう言いながらも警戒心を含んだその物言いに、情報通りの感のいい、頭の良い女だと言う事がすぐにわかった。



「クククッ、そうかよ。じゃあ、話は手短に行くとしよう」

こういった手合いには回りくどく話をするよりも・・・手短に用件だけを伝えた上で、一番大切な物を引き合いに出すのが有効だ。


「どうだ、俺に客の、幕吏の情報を流す気はねぇか。もちろん、報酬はそれなりに出そう。それに、先ほどの女・・・葵とか言ったか、なん」


・・・そう言いかけた俺の言葉を遮るように。



「いいでしょう。その代わり条件があります。それでも、ようございましたらその役目喜んで引き受けましょう」


俯きながらも静かにそう言うと、手にしていた俺のキセルに火をつけ、

残った火で・・・自分のキセルに火をつけるとフッと吹き消した。


お互いの吐き出す紫煙が部屋にくゆる。

部屋はしばらく静けさに包まれた。


「えらく、物分りがいいようだが・・・条件ってのを聞こうじゃねぇか」

フーッと煙を吐き出しながら、そう言うと吉野は


「さすがは鬼兵隊頭領。話のわかる男でようございました」


そう言うと、ニコリと笑い2つの条件をだした。




吉野とかわした条件、それは。
客の情報を流す代わりに・・・葵の初見世の権利を、たとえそれがどんな金額であっても競り落とす事。

そして、もう一つは・・・


そうして吉野は静かに、条件を俺に突きつけた。

この条件は絶対に。

絶対に葵本人には、そのときがくるまで知らせてはならない事も付け加えて・・・。





「・・・えらく大事なんだな、あの小娘が」

もちろん素性は調べてあるが故、大切にする理由もわからなくはないが・・・
条件の2つともが『葵』という少女に関する条件となると、不思議に思える。


「そりゃあね、もちろん私のことは調べ上げた上でここに来てらっしゃるんでしょうから、今更お話はしませんがね。私は、あの子の為なら・・・なんだってしますよ。」


そう言うと話しを続ける。


「・・・これしか、あの子を守る手立てがないのなら、それもいた仕方ないでしょう。それも私が選んだ道ですから。いずれ、情報を流したのが私だとわかるときが来ても・・・喜んでその罪を受けましょう。」


そう言うと俺と同じようにフーッと煙を吐き出した。


吐き出された紫煙は俺のものと混じり、窓の外へと消える。



「クククッ、まあ情報さえ流すならそれでいい。それに・・・お前みてぇな奴は嫌いじゃねぇ」


吉野の潔い物言いに、俺はそう言うと、立ち上がり、部屋を出ようとしたそのとき。






「ねぇ、高杉さん。・・・きっとあなた、葵のこと好きになりますよ」


一体何を言うのかと思えば・・・俺が、先ほどの小娘を好きになると?

島原一の遊女の目も落ちたもんだ。



「クククッ、馬鹿かてめぇは」


「さあ、馬鹿かどうかは後になってみなくちゃわかりませんがね」

俺の言葉をあざ笑うようにそう言うと、部屋を出る俺にニコリとする。
いい女だが・・・気にくわねぇ奴だ。


----------------



「ねぇ、高杉さん。・・・きっとあなた、葵のこと好きになりますよ」




俺は、あのときの吉野の言葉を思い出し


「さすが、島原一の遊女というところか・・・」


俺はそう呟くと、大門を後にした。

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