■調査資料T■
□衝動
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それに恐らく───
「ぎこちなかった…だろうな」
机にへたばりながら、成歩堂は頭を抱える。
先日は必死になりすぎて、調子にも乗った。
『男日照り』だとか謂う物凄い科白も…吐いた気がする。
本当は、凡てが初めてであったのに。
勿論女性との経験は、ある。
あまり経験も技巧も無かったが、一応は情を交わした人はいる。
ゴドーほどご立派な逸物ではないが、別段男としてのプライドを損なう程の物でも無いし、早漏と謂うこともない。
だが、男性相手に、しかも受け身での経験など、この世に産声をあげてからこの方、一度たりとも無い。無かった。
尺八は秘蔵のDVDで勉強した。
後孔の解し方はネットで学んだ。
念のため、彼と飲みに行く前に事務所で腸内洗浄も済ませていた。
その手のサイトで知り合った男から、『狙い目の男と飲みに行くんなら下処理を済ませて行くのがエチケットよ』と忠告を受けたからであって、決して期待していたわけでは無かった。
まぁ、結果的にそれが役に立ったのだが。
メールのやり取りを頻繁にするようになったその彼は、ビギナーである成歩堂に実によく色々な事を教えてくれた。
後孔の解し方や、事後処理、事前処理に、前立腺の在処まで。
それはもう懇切丁寧に、だ。
彼のお陰でゴドーとの一夜を過ごせた訳であるから、礼を謂うのが筋だが、未だ彼には連絡を入れていなかった。
───『上手く結ばれたら教えてちょーだい』って言われてたしな…
確かに肉躯を通じることはできたが、それはあくまでも気紛れな、一夜限りの夜伽に過ぎぬ。
“彼”の謂う『上手く行ったら』はあくまでも、相手をゲット出来たら、の意である。
「出来るわけないじゃないか…ノンケだもんあの人。モテ過ぎだし、完璧過ぎだし、色黒いし」
最後は関係ないと思うのだが、成歩堂は今にも机にめり込みそうな勢いである。
「何たって元カノが───あのチヒロさん、だぜぇ…」
己も嘗て淡い想いを抱いた相手を恋人に選んだほどの男だ。
長身で、甘く低く通る声を持ち、ホリの深い端正な顔立ちで、あちらのテクまで申し分ないと来た。
───ドSなとこあるけど…
それがまた、彼に施される意地悪だからこそ───燃えるのだから、救いようがない。
途端に彼の甘く荒い息遣いと滴る汗がフラッシュバックして、一気に成歩堂の体内温度が沸点に達した。
「うわわわわわっ」
茹ですぎたタコの態になった成歩堂は、ワタワタと両手を上げて阿波おどりのなり損ないのようなフリをして、椅子から転げ落ちた。
「いッ…つつぅ…」
強打した腰を擦りながら立ち上がろうとしたその時───
「そんなに阿波おどりがしてぇのかい、コネコちゃん」
「っぎゃあ!!」
今の今まで脳内を独占していた人物が所長室の戸口に突っ立っているのに気付いて──────成歩堂は再び引っくり返った。