■調査資料T■
□衝動
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パブロフの犬よろしく、すかさず例の一件が脳裏に鮮明に蘇って仕舞い、頭を抱えたくなる。
「───ッ。たく…我ながららしくねぇ事してやがるぜ」
俺も年かね、などと呟きつつ、いい加減覚悟を決めねばならぬかと銀髪は一息ついた。
蘇ってくるのは───頼りなげなあの、大きな双眸。
手練れていると宣言する割には、初な反応。
しかし、見事としか言い様のない口淫は、慣れていないとできたものではない。
「まるほどうが…ゲイ、ねぇ…」
そこでまた引っ掛かりを感じる。
成歩堂の過去───と言っても成歩堂がチナミの事件に不可抗力で巻き込まれた辺りからだが───の資料や法廷記録、どんな些末な資料映像に至るまで、ゴドーは逐一暗唱できるほどにチェック済みであるのだが、そのどれにおいても彼にそのような性癖があるなどという事実は存在しない。
まぁ尤も、性癖やごくプライベートなセックスライフまでは調べる術がないし、知る由もないことなのだが───。
それにしても、なにがしかある筈だ。
彼の交遊関係についても、ゴドーは長い眠りから目覚めてから今に至るまで頭に叩き込んであるが、どれも純粋な友人関係の域を出ない。
唯一あるとすれば───
「───ヒラヒラのぼうや、か…」
役者志望であった筈の成歩堂を、此方の世界に引っ張り込んだ元凶となった男。
当時、アマチュアながら役者としての定評も高かった彼が、わざわざその華々しい未来を捨ててまで目指したこの職業は───あの男の為だと謂う。
ジリ…
胸の襞が、微かに焦燥の煙を立ち上らせる。
つまらぬ感情を誤魔化す為に煽った闇色は───本質以上に、苦味を帯びていた。
しかし。
その御剣にしても、純粋な『親友』に過ぎない。
二人がプライベートで何処かに出掛けることもなく、況してや互いの家を訪問しあう仲でもない。
非常にドライな付き合いではないか。
訝しい。
考察を続ければ続けるほど、ありもしない器官がモヤモヤとした黒煙で充満されて行く。
これではまるで───
「……クッ。ジェラシー感じちゃうぜ…ってか」
笑えない。
こんなに笑えない結論があってもいいのか。否、良い訳がない。
このような燻りを今後も持ち続けて行くなど、堪えられそうもない。
第一。
自分だけが玩ばれるなど、根本的に柄じゃない。承服出来よう筈もない。
───玩ばれる…って
「俺ァどっかの生娘かい」
自分で自分の思考に呆れた。
これでは丸で───
自分だけに火がついたようではないか。
「───そうは、行くか」
絶対に。
「形勢逆転、だぜ、トンガリ弁護士さんよォ」
腹の決まったゴドーは、ある意味向かうところ敵なしである訳で。
不敵に笑むと、外出の準備を整え、玄関を後にした。