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□わずらい(兄忍)
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超人特別機動警察隊を結成して早や半年。
有志で募った隊員も徐々に人数が増え、漸く本来目的としていた悪行超人の取り締まりという仕事も形になってきていた。

そんな折、地球で調査を行うという提案を隊長であるアタルが出してきたため、ニンジャは約半年強ぶりに故郷の星でもある地球へ向かうこととなった。
割と何でも一方的に決定を下してしまう傾向が強いアタルの発案ということもあり、滞在国や期間などは出立を明日に控えた現時点でも未だ知らされてない。
ただ、平和になったと言われている地球にも、正義超人の目を掻い潜って息を殺している悪行超人がまだいるかもしれない、という彼の考えに賛同したニンジャは二つ返事で同行することになったのだった。



「…あぁ、そうだな。到着時間などはハッキリとは分からないんだが…いや、そこまでは…」

もう宵も更けてきた頃、着替えや資料などの荷造りを済ませ、ふとアタルの部屋の前を通ったニンジャは、室内から響く話し声を敏感に察知した。

「………」

電話、だろうか。
相手の声と思しきものが聞こえないことや間合いの取り方からそう判断したニンジャは、思わずドアに耳を寄せる。

こんな行い、正直愚かしい。
相手のプライベートを盗み聞くなど恥ずべき行為だ。

だが、気になって仕方ないのだ。
アタルが何を考え、どう動き、そして誰を想うのか。

(アタル殿…)

いつもとは少し違う、やや明るいトーンの声色。
楽しげな談笑は、自分と二人のときはあまり聞けないものだった。

電話の相手は誰なのだろう。
アタルがあれ程親しげに話す相手というのは。
鬱屈した不安がぐるぐると脳裏を巡り、ニンジャは切なく痛む胸に手を当てる。

彼が誰を想っていようと勝手だ。
だが、自分はアタルのことが好きで好きで、毎日朝から晩まで共にしているというのにもどかしくて堪らないでいる。
日常のふとした瞬間に起こる些細なスキンシップにすら敏感に反応してしまうくらいに。

何処となくアタルも此方を意識しているのでは、という雰囲気になることもあるが明言されたわけではなく、それもまた願望が高じた思い込みに過ぎないとぐるぐる思考を巡らせるばかりの日々だ。

そんな、想い焦がれて止まないアタルがいつになく楽しげに話す受話口の向こうの相手。



彼にだって当たり前のように交友関係があるのだから、そんなことをいちいち気にしていたらキリがない。

「………」

そう思っていても気になって仕方ない己に嫌悪感を抱きながら、ニンジャはただ息を殺していた。

だが、アタルの声は途切れることなく、一向に通話が終わる気配はない。

(斯様に饒舌なアタル殿も、珍しいものだな…)

知らぬ誰かと至極楽しげな会話で盛り上がるアタルと、それを無闇に案じて探りを入れようとしている己。

ふと冷静になって比較してみれば、己はなんと虚しく不様なことだろうか。

アタルは己のものではない。まして、独占したいなどと、烏滸がましくも浅ましい感情だ。

「っ……、」

途端、ニンジャは自身が惨め極まりなくなり、居たたまれない心地悪さを覚えた。

扉越しの明るい声はまだ続いている。

(拙者はいったい、何をしているのだろうな…)


色素の薄い控え目の唇がやりきれなそうにきゅっと結ばれた刹那、もう次の瞬其処に影は無かった。




「ニンジャ、いるか」

それから暫くののち、もう宵も程良く回った刻。
自室の戸をノックする音と共に聞き慣れた声が響き、ニンジャはハッとしてその主を迎え入れた。
もう既に夜着に着替え床に就くところだったが、アタルが部屋に入ると明かりを灯け、上着を羽織る。

「あぁ、すぐ終わるから構わない。こんな時間にすまんな」

「あ、いや…、何でござるか」

すぐ終わる。
アタルの何気ない一言にすら、ニンジャは先のことを思い返し、ズキリと鈍く痛む胸に気を遣った。
わざと声のトーンを落としたのは、無意識的にアタルの気を引きたかった故かもしれない。
だがアタルは当然ながら、ニンジャのそんな内情など察知出来る筈もなく淡々と話し始めた。

「明日なんだが、早い時間に出ようと思う。地球にいる間はドイツに数日間滞在することになった」

「ドイツ…でござるか」

「あぁ。ブロッケンに今回のことを話したらすごく会いたがっていてな。宿泊するホテルまで手配してくれるというので頼むことにしたんだ」

気のせい、否、気にしすぎだろうか。
そう話すアタルの語気はどこか宙を浮遊するように軽やかで、嬉しそうだった。

「………」

思いがけないところでかつての同志の名が飛び出し、ニンジャはそれまで靄掛かっていた思考の輪郭がハッキリと見えた気がした。

もしや、先刻の電話の相手はブロッケンだったのではないだろうか。
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