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□風邪の功名(兄忍)
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幾重にも靄が掛かり、重く霞んだ意識と気怠さ、そして軋むように痛む躰がまだ熱を纏っている。
瞼を開くことすら重苦しく、内蔵から込み上げるような圧迫感がある中で目を覚ますと、ベッドの傍らには緑の影があった。
何も言わず、只見下ろすように覗き込んでくる澄んだ蒼い色の双眸。
その影はやがて額の違和感となっていた濡れた布を取り去った。

「こんなもの、意味がないな」

はじめは冷たい水を吸って心地好かった布も、あっという間に額の熱を吸収して温くなってしまう。
そうするとあとは只気持ちが悪いだけで、それが取り去られた今はとても落ち着いた。

「まだだいぶ熱がある…」

違和感を拭われたのち、やがて額に降りてきたのは大きくヒヤリとした掌の感触。
皮が厚くゴツゴツとした、乾いた手指の触れ心地は、とてつもない安堵を生んだ。

彼の、アタルの手だからだ。

「アタル殿…すまない…」

喉の奥が腫れているような鈍い痛みを感じさせる、いつもより掠れた低い声でニンジャがそう絞り出すと、アタルは僅かに眦下げて目を細めた。
額に遣った手はそのまま、氷嚢代わりの布で湿り気を含んだ前髪に触れ、ゆっくりと、愛おしそうな手付きで頭を撫でる。

「超人でも風邪を引くことはある。己を過信せず、きちんと休みなさい。健康管理を怠るからこうなるんだ」

仕草とは裏腹、その口調は厳しいものであった。
わざわざ病人を諌めるなど、いかにもアタルらしい。
寧ろ彼に優しい言葉など似合わないくらいだ、と熱っぽく気怠い心身の中でも尚、ニンジャは揺るがないアタルの像に内心苦笑した。
弱っているのだから優しくして欲しいなどという甘えは、アタルには通用しないのだろう。

「本当にすまぬ、アタル殿…拙者のことはもう良いから…」

フラつく視界がなんとか捕えた空色の眸に訴えかけると、アタルはそれを無視して視線を斜めに反らした。
不思議に思っていると、今度は肩に手を回され、徐に上体を起こされる。

「つらくないか?」

自分で強引に起こしておいてそれはないだろう、と熱に浮かされた頭ですらそう思ったが、だが逐一無駄なやりとりをすることが億劫で、ニンジャはただ黙って頷いた。
正直、躰が凄まじく怠く、重心が覚束ないため、背凭れなしで座位を保つのは苦しい。
しかしながらアタルは、ニンジャの返答を鵜呑みにすると、何故か途端表情を明るくさせて部屋を出ていってしまった。

「………?」

確かに、社交辞令ではあるものの「もう構わなくてよい」とは言った。
だからといって病人を無理矢理起こしておいてそのまま黙って放置していくだろうか。
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